卵母細胞の減数分裂の休止と再開に関わる分子

卵子や精子は次の世代,つまりこどもを作り出すことのできる特殊な細胞です。動物のからだの細胞の核の中には,父親と母親に由来する染色体が1セットずつ入っています。一方,卵子と精子の染色体の数は,からだの細胞の染色体数の半分です。卵子と精子が受精して,またもとの数に戻るわけです。卵子や精子の染色体数は,減数分裂という特殊な分裂によって半減するのです。

卵子のもとになる細胞「卵母細胞」の減数分裂は,雌の動物のからだの中の卵巣の中で起こるのですが,実は,雌の動物がまだ母親のお腹の中にいる間に,卵母細胞の減数分裂はすでに始まっています。雌の動物が赤ちゃんとして生まれるころには,卵母細胞の減数分裂は第一減数分裂前期とよばれる時期で停止しています。動物が成長するにつれて,卵巣の中の卵母細胞のうちのいくつかは発育を開始し,だんだんと大きくなります。しかし,その間も卵母細胞はずっと第一減数分裂前期で休止したままなのです。動物がおとなになると,卵巣の中で発育を終えて大きくなった卵母細胞は,下垂体とよばれる器官から放出されるホルモンに反応して,永く休止していた減数分裂を再開します。減数分裂を再開した卵母細胞では,核の中の染色体は太く短くなり,核膜が消えて染色体がむき出しになります。染色体は紡錘体と呼ばれる分裂装置によって2分され,半数の染色体は第1極体とよばれる小さな細胞として卵母細胞から放出されます。この段階で卵母細胞は卵巣から卵管へと放出されます。卵巣内で休止していた卵母細胞が減数分裂を再開して卵子になる過程のことを,私達は卵母細胞の成熟と呼んでいます。

卵母細胞は,なぜこのように卵巣の中で永い間減数分裂を休止しており,またどのような信号に反応して減数分裂を再開するのでしょうか?
卵巣の中ですでに発育しきった卵母細胞を,体外に取り出すと卵母細胞はホルモンの刺激がなくとも減数分裂を自然に再開することから,卵母細胞を取り囲んでいる顆粒膜細胞や卵胞の中に蓄えられた卵胞液の中に,卵母細胞の減数分裂を休止させる因子が存在すると考えられています。そのうちの一つはヒポキサンチンという核酸の誘導体です。まだほかにもあるようですが,詳しい性質については現在もわかっていません。また,からだの中で卵母細胞は,下垂体から放出されるホルモンの刺激によって減数分裂を再開します。ホルモンは卵母細胞を取り囲んでいる顆粒膜細胞にまず作用するのですが,その後顆粒膜細胞からどのような信号が卵母細胞に伝えられるのかについても,まだよくわかっていません。

卵母細胞の中で起こる変化にはどのような分子が関わっているのでしょうか?
卵母細胞が成熟する過程で,卵母細胞の中では成熟促進因子(MPF)とよばれる因子が形成されることが,1970年代の初めにカエルの卵子を用いた実験から発見されました。しかし,その実体は永い間わかりませんでした。1990年ごろMPFはp34cdc2とサイクリンBとよばれるふたつのタンパク質が結合したものであることがわかりました。p34cdc2はもともと酵母で,一方のサイクリンは分裂過程の貝の卵で発見されたタンパク質です。どんな細胞でも,分裂にさきだって細胞質の中ではサイクリンが合成され,これが元から存在しているp34cdc2と結合します。その後p34cdc2の特定のアミノ酸が脱リン酸化され,サイクリンの特定のアミノ酸がリン酸化されると,MPFは活性型となって染色体の凝縮,核膜の崩壊,紡錘体の形成といった分裂期に特有な変化を引き起こします。卵母細胞でも同じような過程を経て減数分裂の再開が起こることが明らかになってきました。
私達はブタの卵母細胞を用いて,哺乳類の卵母細胞がどのように減数分裂を再開するのか,またこの過程には,どのような分子のどのような変化が関係しているのかを明らかにしようとしています。

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