マツ樹幹内で起きていること(続き):水分通導停止のメカニズム 黒田慶子


通導阻害発生のメカニズム
  では、感染木では何が原因で回復不能の排水が起こり、通導停止へと進行するのでしょうか。まだ推測の部分もありますが、部分的には説明が可能になりまし た。明らかなことは、感染個体では樹液の流動が非常に途切れやすくなっていることです(黒田1990)。木部樹液の性質が変化したと考えるのが今のところ は妥当であろうと考えています。さらには、柔細胞の能力が弱まって樹液上昇を助ける機能が働かなくなった可能性もあります。
 健全な針葉樹が 根から水を吸収して葉先まで供給できるのは、葉から水分が蒸発するにつれて仮道管内の樹液が引っ張り上げられるからです。この引っ張りに対して樹液が耐え られなくなると、経路の途中(仮道管)で気体が発生し、仮道管内が気体に置き換わってしまいます(Sperry & Tyree、 1988; Kuroda、 1991)。これは空気が外界から取り込まれるのではなく、沸騰に似た現象であるため理解されにくいかもしれません。本来、木部樹液は純粋な水に近いと考 えられています。この中に混ざった物質により液の表面張力が低下した場合に、気体の発生(エンボリズム、あるいはキャビテーション)が促進されます (Sperry and Tyree1988)。感染にともなって生成した物質が樹液内に混じった場合、同様の現象が起こりうると考えています(マツ枯れとは基礎編模式図参照)

 マ ツノマダラカミキリの誘引物質として知られるモノテルペンは、線虫接種の数日後からマツ組織内で増加します、これは表面張力を低下させる物質です (Kuroda、 1989; 1991)。他にも表面張力低下に関わる物質が生成したり、気体の発生が促進されることもあり得ます。健全木ではキャビテーションが起こっても再度水が流 入して通導能力は回復します。健康な木では毎日起こっている現象として知られています。しかし線虫感染木では水の再流入はなく、樹液上昇は回復しません。 感染後1〜2週間後から、顕微鏡で観察した試料では、樹脂道の周囲などに油状の物質(揮発性テルペンを含む)が確認できます(Kuroda、 1989)。従って、疎水性の物質が壁孔膜や細胞壁に付着することも、通導回復を妨げる理由の一つではないかと推測しています。
 「木 部樹液があがらなくなる現象」がどのように起こっているかについては、以上のように経過を説明することが可能になりました。樹液の供給が減少するにつれ て、形成層など生きている組織の乾燥や壊死が進み、それに引き続いて、葉の萎れや変色などの病徴(外見的な症状)が進行します。線虫が感染するとなぜ枯れ るかという問いには、図-2に示すように、「線虫の移動や摂食活動による刺激→マツ細胞の代謝異常(二次代謝産物の生成注4)→木部樹液内で気泡発生、通 導組織から排水→通導阻害→水分供給停止→枯死」と回答することができます。

注:二次代謝産物とは、樹木の心材化の際、あるいは外敵の侵入に対する抵抗反応として樹体内で生産されるテルペン類やフェノール性の物質などの総称です。抗菌性を示す物質も含みますが、本病に感受性の高いマツの場合、線虫の活動を阻害する効果はみられないようです。

引用文献