『第79 回生存圏シンポジウム』 −樹木の健康を診断する−

「病原体の侵入に対する樹木組織の反応」−発病の兆しを検出する

森林総合研究所関西支所 黒田慶子

 

1.はじめに

森 林病理学は森林で発生する樹木の病気を扱う分野であるが,その研究手法や病気の診断方法については,一般によく知られているとはいえない。樹木の病気を診 断するにはいくつかの手法がある。基本的には,トラブルを起こした樹木の患部から病原体の検出を行い,その同定によって病名を決定する。微生物や昆虫など 生き物の加害がない場合,気象変動の影響など非生物的要因を検討する(図1)。樹木の病原体の大半は糸状菌(カビ)であるが,細菌や線虫の場合もある。対 処方法が不明の病気については,さらに宿主組織を解剖して病気の程度を判定し,病原菌の接種試験や菌の生理特性の研究を進めて,病原力の強さを明らかにす る。その結果から,森林で病気が蔓延するリスクについて判断することになる。

病 気の診断には決まった手順があるが,樹木が「健康であるかどうかの診断」は,難しい部分がある。人間の場合でも「健康」の概念は時代により変遷してきた。 近年では,いろいろな臓器の機能を測って重大な病気になる可能性を判定するようになり,単に「病気にかかっているかどうか」ではなく,生活習慣病やメタボ リック症候群に注意が向けられるようになった。罹病や発病のリスクが高い状態を「未病」と呼んでいる医学者もある。森林の樹木についても,同様な概念の変 化が起こりつつある。ここでは,樹木の健康のとらえ方と研究手法について紹介し,さらには森林の健康診断技術をどう発展させるのか考えてみたい。

 

図1健康低下に関わる要因

2.健康と罹病・発病
 樹木の健康低下には,図1 に 示すような種々の要因があり,複合的な影響が認められることも多い。明らかな健康低下,つまり枯死や枝枯れなどが発生した場合,生物が関わっているのか, 環境に起因するのか,あるいは樹木自体が起こした現象であるのか,まずその検討が必要である。また,外見的な変化が認められない場合は健康かと言えば,必 ずしもそうではない。樹木の病気は感染から発病(葉枯れなどの現象が外観でわかる時期)までに長期間かかる例もあり,幹の中で起こる異常の検出は非常に困 難である。さらには,生理的なトラブルや,特定の病気にかかりやすい生理状態にある「感染予備軍」の場合もある。よく育っていれば健康,葉が少ないから不 健康という単純な診断ができないのは,人間の場合と同様である。葉の減少度で樹木の「衰退度」を判定する方法が考案されているが,これは健康診断の手法と しては不十分である。

機能解剖学とは 

  病気の進行程度を判定したり,罹病しやすい状態を検出するためには,そのまえにまず,個々の病気の発病メカニズムを明らかにする必要がある。診断のための 基礎データを得る一つの方法として,解剖が行われる。しかし枯死してしまった樹木を解剖しても,壊死細胞と様々な微生物の繁殖が見られるだけで,罹病や発 病の促進要因に関する情報は得られない。病原体の影響を見るには,感染直後の早い段階から観察する必要がある。樹木の場合は生体解剖が可能であり, Functional anatomy (機能解剖学)という手法で宿主組織の機能低下を調べる。

病 原体を接種した樹木や苗木を定期的に伐到して解剖を行い,病原体の影響がどのように現れるのか観察する(図2)。試料は解体し殺してしまうので,同時に多 数の個体に接種して,数日〜1週間ごとに順次採取していく方法をとる。接種後の菌(糸状菌)の伸長範囲は病原体の再分離(宿主組織を培地に載せて,病原体 の検出を行う)により行い,同時に,宿主樹木の細胞の反応を光学顕微鏡による観察で明らかにする。萎凋病のように樹液の流動が停止する病気の場合,樹幹下 部に色素液を注入してから伐到し,染料で樹液流動部位を染めて,観察する方法もよく用いる。

【ナラ類の枯死メカニズムに関する研究】カシノナガキクイムシが穿入したナラ類やシイ・カシ類樹木では,Raffaelea quercivora (図2A)の菌糸がカシノナガキクイムシの孔道内で繁殖し,道管へと伸長する。この菌は生きている柔細胞内に侵入する(図2C)。 侵入された細胞は壊死するが,その周囲ではこの菌に対して防御反応を起こし,細胞外に生成物を放出する。このような反応のあった部位では,組織が褐色に着 色し,傷害心材(病的心材)が形成されて,木部樹液の流動(水分通道)が停止する。変色部が樹幹横断面の大半を占めるほど広がると,感染木は水分欠乏のた め枯死する。変色した範囲からは菌が検出されるが,未変色部には分布しない。

このような解剖による研究は,同一の個体で病気の進展が追跡できないという欠点がある。病気は接種した全個体で同時に進行するとは限らないので,結論が得にくい場合がある。

図2 ナラ枯れの病原菌とコナラ組織の反応

A:病原菌Raffaelea quercivora B:健康なコナラの木部組織(横断面)

C:生きている放射柔細胞に侵入する病原菌の菌糸(放射断面)

 

4.MRI など非破壊手法による通道の観察

樹木を伐って解体すると,同じ個体で病気の進展を追うことができないため,傷つけずに樹幹内部を調べる方法,つまりNoninvasive technique (非破壊的手法)の適用は長年重要な課題であった。超音波アコースティックエミッション(UAE) による水分通道の変化の検出や,超音波を利用した樹幹の腐朽調査が行われている。近年では,核磁気共鳴画像法(MRI )の植物への適用が増加しつつある。

MRI の プロトン密度画像では生体組織内の水分分布を検出することができる。ただし,人体用に設定された撮像パラメータは樹木の観察に適さないため,樹幹内の水分 分布の鮮明な画像が得られるまで様々な検討が必要であった(図3)。検討が不十分なまま撮像し,結果の解釈を行った研究報告もある。

【ナラ類の研究への適用】Raffaelea quercivora 感染後,木部樹液の流動が著しく低下または停止し,水分欠乏によって葉の変色が始まる。健全木に病原菌を接種したあと,外見的な枯れが見える前の初期の変化を検出するためにMRI を利用した研究を行っている。図4 に示すように,切断して確認する場合と同じレベルで通道停止の範囲を検出できるようになった。水の流れがどのようにせき止められて発病に至るのか,同一個体で定期的に撮像することによって,有用なデータを得ることができている。
 さらには,撮像方法を変えて得られたT1 強調画像で,病原体や壊死細胞の分布を検出することも可能になった。MRI装置で撮像するには鉢植え程度の小型樹木しか観察できないので,病気の診断ではなく研究を目的とした利用が主体となる。


 





 

5.樹木の診断から森の診断へ

「健 康な森作り」という表現が間伐や枝打ちをするというニュアンスで安易に使われている。健康な森にするには,まず樹木が健康である必要があることは,残念な がらあまり意識されていない。森林が健康に維持される重要な条件は,「構成樹木の抵抗力(生理的活性)が高く,病虫害や気象害を受けにくいこと」と,「病 虫害や気象変動による影響を受けた後,回復する能力が高いこと」,つまり抵抗力と回復力の二つを備えていることである。抵抗力とは,たとえば害虫の攻撃を 受けた樹木の組織が防御物質を迅速に生産するような力を指す。樹木では抗菌物質の生産能力や,樹液流動の活発さなどが健康状態を表す指標になりそうな項目 である。健康の指標を見つけることと,その検出のための技術的発展は,徐々に現実的になってきてた。樹木の集団検診から林単位で健康度を評価することは, 長期的な森林の維持管理には不可欠であり,今後はより科学的な診断を目指す必要がある。

関連文献

 • 大住克博,黒田慶子,衣浦晴生,高畑義啓:ナラ枯れの被害をどう減らすか里山林を守るために 森林総合研究所関西支所発行小冊子, 23pp 2007 
 • 黒田慶子:MRI を使って樹木の病気を診断する. Isotope News, 2007(2):2-6 2007.     

 • Kuroda, K., Kanbara, Y., Inoue, T. and Ogawa, A.: Magnetic resonance micro-imaging of xylem sap distribution and necrotic lesions in tree stems. IAWA Journal 27(1):3-17, 2006.

 • 黒田慶子:里山を守るには・・・最近のナラ枯れから学ぶこと. 森林総合研究所関西支所研究情報80:1, 2006

 • 黒田慶子:マツノザイセンチュウ感染により樹体内で発生するAE の検出.京都大学生存圏研究所プロジェクト共同利用研究集会 P.7-122006

 • Kuroda, K. et al.: Magnetic resonance micro-imaging of xylem sap distribution in tree stems. In Tree Sap III ( 寺沢実編)Hokkaido University Press, P.149-160, 2005

 • 黒田慶子:森林保護学(鈴木和夫編著),3. 森林の活力と健全性.朝倉書店,p.85-942004

 • Kuroda, K.: Xylem dysfunction in Yezo spruce (Picea jezoensis) after inoculation with the blue-stain fungus Ceratocystis polonica. Forest Pathology 35(5): 346-358. 2005.

  黒田慶子:マツ樹幹内で起きていること---マツ材線虫病の発病機構と抵抗性に関する研究より---  森林防疫 52:19-262003

 • Kuroda, K. Responses of Quercus sapwood to infection with the pathogenic fungus of a new wilt disease vectored by the ambrosia beetle Platypus quercivorus. J. Wood Science 47: 425-429, 2001

 • 黒田慶子:樹木医学(鈴木和夫編),2.2 樹木の構造と機能.朝倉書店,328pp1999

 • 黒田慶子,山田利博: ナラ類の集団枯損にみられる辺材の変色と通水機能の低下. 日本林学会誌, 78, 84-88, 1996.