森林総合研究所 所報 No.11 2002 -2 研究解説

ナラ類の集団枯損機構の解明

-----Raffaelea 属菌感染に対する樹幹組織の生理的反応 ------

黒田慶子・高畑義啓


1.研究の背景と目的
 1980 年代の終わりから日本海沿岸各地で夏季にコナラ (Quercus serrata ) ・ミズナラ (Q. crispula ) の集団枯損が発生し,現在も被害地が拡大している.枯損木にはカシノナガキクイムシ (Platypus quercivorus) の大量侵入が認められ,幼虫養育のために掘られた孔道の周辺からは常に特定の糸状菌が検出される。この菌は仮称「ナラ菌」として病原性に関する研究がすす められ, Raffaelea属の新種として命名される予定である(注:Kubono&Itoにより、2002年にRaffaelea属の新種として命名された。ここではRaffaelea sp.とする)。
 カシノナガキクイムシが加害したナラ類の木部には黒〜褐色の変色域(傷害心材)があり,その部位では水分通導が停止している(黒 田・山田 1996)。枯損木では辺材の大半が変色していることから,変色および通導阻害進行の条件が明らかになれば萎凋機構が解明できると考えた。まず Raffaelea sp. の自然感染に よる樹木細胞の変化を明らかにした。さらに同菌をコナラ樹幹に接種して,樹木組織の生理的反応を明らかにし, Raffaelea sp. 感染と水分通導阻害および萎凋との関係について検討した。
 






  (写真 上左)写真-1 変色過程にあるミズナラ辺材の放射断面(縦断面)
     H: Raffaelea sp. の菌糸, V: 道管, R: 放射柔細胞, TB: チロースの芽
 
  (写真 上右)写真-2 ミズナラの放射組織および道管内への着色物質(CS)蓄積 
     LV: 大径道管,SV:小径道管,Tr:仮道管,(無染色)
   

2 .自然感染に対する樹幹組織の反応と通導阻害
 カシノナガキクイムシ穿入木(コナラ,ミズナラ)組織の解剖と微生物分離により,変色過程にある淡褐色の辺材では Raffaelea sp. の菌糸が道管内で活発に伸長し,壁孔を通って生きている放射柔細胞に侵入する様子が確認された(写真 1,H )。菌糸周辺の放射柔細胞にはフェノール類を含むと推定される黄色の物質が認められ,防御反応と推測された。しかし Raffaelea sp. は孔道を伝って迅速に分布を拡大しており,防御物質による伸長阻害効果は大きくない。黄褐色の油状物質(写真 2,CS )は細胞外に分泌されて細胞内壁に付着し,酸化重合を経て肉眼では黒褐色に見えるようになる。カシノナガキクイムシの穿入が集中する樹幹下部では,辺材の 変色域拡大によって樹液の上昇が著しく減少し,大径道管にチロース充填が認められた(写真 1)。ナラ類の萎凋は樹幹下部で道管の通導機能が停止したため起っていることを確認した( Kuroda 2001)。
 
3 .Raffaelea sp. 接種による木部の変色,通導阻害発生および木部細胞の変化
 7月にコナラ樹幹へ Raffaelea sp.を接種した。接種木は枯死しなかったが 11月に伐倒し,菌の分離と樹幹組織の解剖学的観察を行った。一部の個体は伐倒時に樹幹基部から色素液の注入を行い,通導部位を確認した。
 Raffaelea sp. が再分離された部位では,黄褐色の変色が特徴的である(写真3 ,D)。変色範囲は放射方向に深く,接線方向には広がりにくい。心材の周囲では変色域が広く(写真 4),外側ほど菌の分布拡大が困難なようである。接種個体が萎凋するほどの水欠乏に陥らなかったのは,樹液が通導阻害部位を迂回して上昇できたためであ る。自然感染では菌糸は孔道を伝って縦横に密に分布するが,ドリル穴への接種では菌は接線方向への伸張経路がなく,変色範囲は狭くなる。接種実験で枯死し にくい理由として,菌の分布範囲の違いがあげられる。
 接種点付近の変色部位では自然感染と同様に通導阻害が起こっており,顕微鏡下でも菌糸,チロース,黄色の油状物質が観察された。菌に感染した樹幹組織が 防御反応を積極的に行い,通導阻害が促進されたと解釈できる。

 
 

(写真 上左)写真-3  Raffaelea sp. 接種コナラ樹幹における辺材の変色    
 D:心材に近い部位の変色拡大,Ino:接種部位,HW:心材
 
(写真 上右)写真-4 接種木の縦断面  
 
4 .おわりに
sp.  本研究では,Raffaelea sp.の樹幹内分布と通導停止は密接な関係があることを確認した。この菌には「木部通導を停止させる能力」があることから,病原性が「ある」と判定でき る。萎凋に関わる病原体の場合,「形成層を壊死させる能力」を病原性の有無あるいは強弱の基準とするべきではない。 Raffaelea は自然感染においては密に分布した孔道により水平分布が容易であり,萎凋を速やかに起こすが,接種では菌糸の分布拡大が困難で枯死率が低かった。今後発病 機構に関する研究を発展させるためには,確実に萎凋症状を発現させる接種手法を確立する必要がある。
 
引用文献
Ito S., Kubono, T., Yamada T.(2000) Mass mortality of oak trees in Japan.  Procedings of the 3rd regional workshop of IUFRO 7.03.08, Forest protection in Northeast Asia, July 31-August 4, 2000, Chiayi, taiwan, 182-185
黒田慶子,山田利博 (1996) ナラ類の集団枯損にみられる辺材の変色と通水機能の低下.日本林学会誌 78 :84-88
Kuroda, K.(2001 )Responses of Quercus sapwood to infection with the pathogenic fungus of a new wilt disease vectored by the ambrosia beetle Platypus quercivorus .  J. Wood Sci. 47 :425-429