主な研究内容

1. 転写共役複合体メディエーターの生理的役割と病態形成における寄与
レチノイン酸受容体やビタミンD受容体など核内受容体は、細胞の増殖と分化、生体の恒常性維持などを司
る種々の特異的遺伝子の上流にリガンド依存性に結合して転写を活性化させ、生体内の様々な重要な生理
的機序を司っています。したがって、核内受容体自体やその情の基本転写因子群への伝達に関わる転写共
役因子(コファクター)の機能異常は、白血病、乳癌、前立腺癌、腸癌、肝癌等様々な悪性腫瘍、内分泌・代
謝性疾患等、およそあらゆる分野の疾患に関与していると考えられ、それらの解明は血液学や腫瘍学をはじ
め、広範な臨床医学分野で極めて重要です。PML-RARα融合蛋白による前骨髄性白血病の発症はそのほ
んの一例です。

私たちは核内受容体の情報伝達の空白部分であった核内受容体と基本転写因子をつなぐコアクチベーター
のクローニングを行い、TRAP複合体を発見しました。さらにTRAP複合体が実はRNAポリメラーゼIIホロ酵素
のうち約25個のサブユニットから成るサブ複合体であり、酵母Mediator複合体の哺乳類相同体であることを証
明し、全世界を驚愕させました。このTRAP/Mediator複合体は、核内受容体のみならず様々なアクチベーター
を介した細胞内シグナル伝達を最終的に統合し、RNAポリメラーゼIIコア酵素複合体に伝達する基本的な転写
共役体と考えられ、試験管内転写再構成系で種々のアクチベーターによる転写を著明に活性化します。

そこで私たちは核内受容体による転写活性化の多段階モデルを提唱しています。即ち、まずリガンド存在下で
核内受容体からHDAC、SMART、NCoR等のコレプレッサー群がはずれ、続いてHATコアクチベーター群(p160
群、PCAF、p300/CBP)がリガンドの結合したして、核内受容体にリクルートされてクロマチンリモデリングを誘
導し、次にMediator複合体が基本転写因子群と共にプロモーター領域にリクルートされて転写が開始するモデ
ルです(図1)。

   

私たちはMediator複合体が細胞や個体の増殖、分化、恒常性維持のために必須であることを示してきました。
そのサブユニットで特に重要な特異的役割を果たすのが核内受容体と結合するMED1サブユニットです。
私たちは脂肪細胞、骨髄造血細胞、乳腺細胞などの核内受容体を介する正常な分化にMED1が必要であること、
MED1が個体の恒常性を担う重要な転写因子であることを示しました。
MED1が個体の恒常性維持に重要な役割を担うことの一例として、私達はMED1が造血の鍵を握るコファクター
である可能性を提唱しました(図2)。さらに、レチノイン酸が急性前骨髄性白血病に有効であるように
Mediator複合体も治療の分子ターゲットに成り得ると考えられます。


一方、MED1は220kDの巨大な蛋白であり、核内受容体以外のアクチベーターの機能をも統合します。
私達は主にMED1サブユニットに注目して、Mediator複合体が造血、内分泌・代謝などの正常な恒常性の
維持機構で、また白血病・癌、代謝内分泌疾患などの病態で、どのような生理的・病理的な役割を担って
いるのか、その全容の解明を目指して解析を続けています。


2. 間葉系幹細胞の基礎的研究と応用
骨髄には造血幹細胞と間葉系幹細胞という2つの幹細胞システムが存在します。最近、骨髄の造血幹細胞ニッチ
の本体として間葉系幹細胞システムが注目され、これら2つの幹細胞システムの間に密接なコミュニケーション
が存在することがわかってきました。私達は転写Mediatorがニッチ機能を特異的に担うことを世界で始めて
骨髄間葉系幹細胞システムにおいて示し、発表しました。また、間葉系幹細胞は骨髄以外にも、脂肪、筋、
臍帯、歯髄など、多くの組織に存在しますが、これらは全く同一というわけでなく、様々な組織特異的コミット
メントを経ていることが知られつつあります。私達は間葉系幹細胞のポテンシャルに注目し、基礎研究を行って
います。


3. 血液・免疫・循環器疾患における平均好中球ミエロペルオキシダーゼ活性指数 (MPXI) の意義に関する研究
MPXIは炎症性疾患などで高値となり、一部の血液疾患などでは低下すると予想され、ミエロペルオキシダーゼ
欠損症や低下症でも低値となります。また虚血性心疾患では血中にミエロペルオキシダーゼが放出されるため
MPXI は低下すると推察されます。MPXIは自動血球計数装置ADVIA120で血球計数と同時に測定され、特別な
操作などは必要としないにも関わらず一般の臨床では利用されていません。本研究では血液・免疫・循環器疾
患でのMPXI値を解析し臨床的意義を確立します。