京都大学生存
圏研究所プロジェクト共同利用研究集会
生存圏における昆虫生態のモニタリング技術
の新展開(2006)
proceedings: P.7-12
マ
ツノザイセンチュウ感染により樹体内で発生するAEの検出
森
林総合研究所関西支所
黒田慶子
1. はじめに
成長期の樹木、特に針葉樹では木
部樹液の上昇は蒸散による引張りの力(テンション)に依存している (Cohesion theory: Zimmermann
1983)。蒸散の活発な時間帯に土壌に十分な水分が無い場合、樹液には非常に強いテンションがかかって、通導器官である道管や仮道管内に気泡が発生する
(Sperry & Tyree 1988, 1990, Tyree & Sperry
1988)。気泡は急速に膨張し、一本の仮道管はほとんど瞬時に排水され気体で満たされる (Lewis et al. 1994)
。エンボリズムあるいはキャビテーションと呼ばれる現象で、気泡の実体は主に水蒸気である。この現象は、例えば水を満たした注射器の先を閉じてピストンを
強く引いてみると理解しやすい。健全な植物でも日常的にこのような気泡発生により樹液流が途切れるが、降雨や蒸散停止などでテンションが弱まると気泡が消
失し、通導器官は再び水で満たされる。樹液流動メカニズムの細部については諸説あるものの (Canny 1997, Milburn
1996)、基本部分は以上のように説明されている。エンボリズムが起こるときには、超音波アコースティックエミッション(AE)が発生することが知られ
ており (Tyree & Sperry
1989)、AEセンサを立木樹幹に装着して検出できる。樹幹に聴診器をあてると「水が流れる音が聞こえる」というのは俗説で、風や枝の触れ合う音が大半
と言われるが、エンボリズムにともなう音の可聴部分も聞いている可能性は否定できない。
健全な樹木ではテンションが弱まったときに樹液流が回復するが、マツの材線虫病など萎凋病に感染した樹木では、樹液の上昇は急激に減少して停止し、萎凋
症状が発生する(Kuroda et al. 1988)。Kuroda (1989,1991) は、マツノザイセンチュウ
(Bursaphelenchus xylophilus (Stainer and Buhrer) Nickle;以下線虫)
に感染したアカマツ・クロマツの樹幹では仮道管の排水が急激に進行することを明らかにし、感染木の組織内で増加するモノテルペンがエンボリズムの促進に関
与している可能性を指摘した(黒田 2003)。一方、池田(1994)およびIkeda & Ootsu (1992)
は、線虫を接種したマツの樹幹でAE発生頻度の上昇を検出し、エンボリズムの促進を指摘した。
本研究ではまず、仮道管内での気泡発生の映像を、Lewisの手法 (Lewis 1987, Lewis et al. 1994)
により光学微鏡下で記録し、樹体内における気泡発生とAE発生の関係を明らかにした。さらに、線虫接種木でAEを継続してモニタし、樹幹内でのエンボリズ
ム発生と通導阻害の進行過程を観察した。これらの結果から、萎凋病感染木における異常なエンボリズムと通導停止部位の拡大メカニズムについて議論する。
2. 試料と方法
2.1顕微鏡下でのエンボリズムとAEの検出
直径約15mm の3〜4年生アカマツ(Pinus densiflora Sieb et
Zucc.)を供試木とし、樹幹下部から長さ2cmの試料片を採取した。無傷の仮道管が含まれるように、仮道管径の2倍の60〜70オm厚さの放射断面切
片をスライディングミクロトームで作成し、すぐに水に浸した。
共振周波数140kHz
のAEセンサおよびAEテスタ(エヌエフ回路)、データロガー(ログ電子)、カラーCCDカメラ、ビデオレコーダー、モニタを光学顕微鏡にセットし、仮道
管におけるエンボリズムの発生を観察した(図-1)。AEテスタのパルス検出端子をビデオレコーダー(VTR)の音声入力端子に接続し、AE発生をビデオ
テープに可聴音として記録することを試みた。
水に浸した木部切片から幅1mm、長さ5mmの小切片を切り取ってスライドグラスに置き、カバーグラスをかけずに顕微鏡下に置いた。切片の
一端をナイロンの釣り糸で押さえ、もう一端にはAEセンサに接着したゼムクリップ先端を接触させた。そのまま放置して排水が起こっている間、仮道管内での
気泡発生の映像とAE発生をビデオテープに記録した。
2.2線虫接種木におけるAEの測定と病徴進展の観察
クロマツ(Pinus thunbergii
Parl.)への線虫接種は、森林総合研究所関西支所苗畑で4回実施した(表−1)。接種の1週間程度前に、樹幹下部の樹皮を一部剥ぎ、AEセンサ
(140kHz)を装着して、AEテスタおよびデータロガーに接続した。AEテスタとセンサは3または6セット用い、夜間にノイズが記録されないレベルに
感度を調整した。7月末から8月に、1本あたり10000頭の線虫(強病原性:S6-1系統)を接種した。一部の個体は線虫を接種せず、対照とした。10
分単位のAE発生数を連続記録し、数日ごとにデータ回収を行いつつ2ヶ月間測定した。AE発生頻度に異常が認められた個体の一部はその時点で伐倒し、通導
阻害の進展および病徴発現との関係を調べた。
3. 結果
3.1仮道管におけるエンボリズムとAEの発生
顕微鏡下に切片を放置した直後は、切片作成時に傷ついて開口部のある仮道管の水分が蒸発し、排水が進行した。この時期にはAEは発生せず、
この排水はエンボリズムではないと判断された。切片を放置して一定時間経過した後、気泡発生と排水が多数の仮道管で集中的に起こった。仮道管の中央部付近
や放射組織と接する部位で発生する気泡が多かった。無傷の仮道管内で発生した気泡は、多くの場合瞬間的に膨張して1秒以内に一本の仮道管内に充満した。ま
れに、気泡膨張が緩慢に進み、仮道管内に充満するのに数秒を要した。気泡が盛んに発生
する時期には、同時にAEの発生頻度が高まることが確認された。その
後、切片が乾燥するにつれて気泡発生とAEは減少し、やがて停止した。(映像:http:
//cse.ffpri.affrc.go.jp/keiko/hp/embolism.html参照)
AEテスタのパルス出力端子をVTRの音声入力端子に接続して記録した音は、急激な気泡膨張の大半と同調していた。木部切片から検出された
AEが仮道管内での気泡発生に対応していることが示された。
3.2マツ材線虫病罹病木におけるAE 発生と病徴の進展
健全なクロマツでは、7月末の晴天の日には朝8時頃からAEが発生し始め、14時頃に最大値、300-500回/10分
の発生が記録された
(図-2)。曇天ではAE発生は激減した。日没の少し前から発生回数は減少し、夜間には発生しなかった。激しい降雨の際にAE発生が記録されることがあっ
た。
線虫接種個体のAE発生頻度の経過を図-3に示す。外見的には異常がみられない非常に早い時期にAE頻度が高くなった。接種から2週目のあ
る日に、日没後もAEの発生が継続するようになり、夜中あるいは翌朝からAE発生頻度が上昇して8000回/10分に達するなど、健全木の10倍以上高い
(図-3; Phase I、図-4)。
この時期に伐倒した個体の横断面では、「気体が充満した通水阻害部」が小さな斑点状に認められた (図-5A,
B矢印)。高頻度のAE発生が夜間も続いたのは3日間程度で、その後頻度は低下した。AEは翌週に再度やや高めになった(図-3; phase
II、図-6)。この段階で伐倒した個体では、木部の大半が乾燥して(図-5C)樹液の上昇はほぼ停止しており、形成層の壊死が始まっていた。この時期か
ら針葉の黄変など外観的病徴が発現した(図-3、図-5D)。2度目のAE増加も3日程度で減少し、健全木の発生頻度を下まわった。接種20~30日後に
はAEはランダムな発生となり、その後、樹木の外観は針葉の褐変や退色が進行して枯死した。AE発生頻度の増減は、AEセンサをつけた複数の接種個体でほ
ぼ同調した(図-6)。

4. 考察
健全なアカマツ木部切片で、最初の開口部のある仮道管からの排水ではAE発生はなく、その後の仮道管内での気泡発生の期間に高頻度のAEが
検出されるという結果は、Lewis (1987, 1988)
がThuja属樹木で観察した結果と同じであった。これまで、生立木の樹幹からのAEがエンボリズムに対応することは証明されていなかったが、音として記
録したAEが、急速な気泡膨張の大半と同調していたことから、蒸散中の樹木で検出されるAEが仮道管の気泡発生に起因することがより確実となった。テン
ションのかかった仮道管内での気泡の膨張は非常に小さな気泡内への水の気化により開始すると考えられている (Zimmermann
1983)。そのような気泡膨張はLewis et al (1994)
により非常に速い現象であることが示されたが、今回の実験では、緩慢な膨張が認められる例もあった。これは壁口膜の目詰まりや性質の変化によるものかも知
れない。木部切片を用いた実験室内の研究結果は野外の植物体内における現象をそのまま再現するものではないが、通導組織のエンボリズムの実態とAE発生に
関して重要な情報を得ることができた。
線虫感染木に特徴的な現象は、木部仮道管への気体の充満と迅速な木部乾燥である。この通導阻害現象は樹木の解剖学および生理学的研究から、
エンボリズムの異常な促進により起こると推測してきた(Ikeda & Ohtsu 1992, Kuroda, 1991,
Kuroda et al.
1988)。本研究では、線虫感染木でAE発生頻度の増加に加えて、夜間のAE発生を検出したが、健全な植物では夜間には蒸散が停止してテンションが弱ま
り、本来なら樹液流が回復する。従って、感染の10日後ごろに起こったAEの増加(Phase
I)に関わるエンボリズムは、健全木と異なるメカニズムによると解釈できる。本研究のAEのデータと、測定途中の伐倒による木部断面の観察から、高頻度の
AE発生が始まった時期には昼夜を通じて仮道管にエンボリズムが起こり、気体が充満した仮道管群が肉眼で見える程度に形成されたことがわかった。木部組織
内では線虫接種の数日後から、感染に対する抵抗反応として、テルペン類が急激に増加することがわかっている (Kuroda
1989)。また一方では、健全樹木の樹液にブタノールなど表面張力が水より小さい物質を加えると、樹液はテンションに耐えにくくなり、エンボリズムが起
こりやすくなることが証明されている (Sperry & Tyree
1988)。モノテルペンの表面張力も水より小さく、生産の場(柔細胞)から仮道管に放出
された際に、エンボリズムの促進に
寄与した可能性が高い。モノテ
ルペンは疎水性物質であるため、仮道管内壁や壁口膜に付着すれば、水の再流入を妨げる可能性も考えられる。
2度目のAE増加(Phase
II)に際しては、通導阻害の範囲が急激に拡大して、樹幹の乾燥および萎凋症状の発生につながったことがわかった。この時期には、油滴状の物質が仮道管内
に認められ(Kuroda et al. 1988)
、樹液流動の阻害に寄与した可能性がある。灌水や降雨によって排水部分の斑点が消滅することはなく、罹病木におけるエンボリズムが修復不可能であるのは明
らかである.
本研究の結果から、マツの材線虫病罹病木における通導阻害のメカニズムを詳細に説明することが可能となった(図-7) (Kuroda
1995, 黒田 1998, 2003, Kuroda et al.
2000)。罹病木で起こる異常なエンボリズムに関するデータは、健全木の樹液流動メカニズムに関する議論(Canny 1997, Milburn
1996, Tyree
1997)にも有用な情報となる。もう一つの成果は、簡易型のAEテスタを多数同時に使用することによって、野外での継続的な計測実験が可能になったこと
である。生きた植物を材料とする実験では個体差が出るため、供試個体数が多いほどデータの信頼度があがる。安価な機器は過酷な気象下で故障しても交換が容
易であり、野外で利用しやすいという利点がある。ただし、植物からのAE発生は非常に高頻度になることがあり、データロガーが1msec以下の短いパルス
信号の記録に対応していないことがある。機器を組み合わせる場合は、測定値の信頼性を充分確認する必要がある。
謝辞
京都大学の藤井義久博士には、AEセンサの周波数選定、検出された音がAEであることの確認等についてご教示いただきました。心から感謝い
たします。
文 献
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