平成18年4月3日
独立行政法人 森林総合研究所
森林総合研究所では、岩手医科大学(盛岡市)との共同研究で、医療分野で人間の臓器や脳を切らずに診断 できる装置として知られているMRI1)により、生きている樹木の内部組織を撮影する方法や条件 を検討し、鮮明で有用な画像が得られる方法を明らかにしました。これにより、樹木の病気がどのように進行 していくかを明らかにできるので、発病のメカニズムと、発病をおさえる技術開発が期待できます。
樹木の幹内部が病変する病気の発病メカニズムを研究する場合、従来、観察のために樹木を切って観察する 必要があり、同じ樹木を続けて観察ができませんでした。そのため、切らないで非破壊状態で観察する方法が 非常に重要です。近年、生物の組織を切らずに水の分布状態を観察できるMRIを用いた研究報告が増えてきま したが、設備や維持費が非常に高額であること、原理が難解で植物の研究者だけでは撮影が困難であること、 性能が低い装置では鮮明な画像は得られないなどの問題があり、研究例も少なく、報告された画像には不鮮明 なものや信頼性に問題のあるものが混在していました。
今回の共同研究で用いた岩手医科大学のMRIは3テスラ2)という高磁場の設備で、装置内に持ち込 めるサイズであれば、針葉樹・広葉樹とも撮影が可能であり、解像度は約100μmです。この解像度は光学顕微鏡 ほどではありませんが、生きている樹木中の水分分布を識別するには十分です。樹木を最適な条件で撮影した場合、 幹の中の水分通導を行う管(道管、仮道管)が水で満たされているとその部分は白く見えますが、水分が少ない部位 や病気感染などで水分が抜けたところは黒く見えます(写真)。幹の中の水分量や分布範囲は、 樹木が萎(しお)れて枯れてしまう病気である萎凋(いちょう)病の進み方を示す重要な情報です。MRIを用いることで、 樹木が病気に感染してから枯死するまでの生理的な変化を時々刻々と観察することが可能になりました。
病原菌接種により萎れはじめたミズナラ
病原菌接種40日後のミズナラ
左:MRI画像。右:観察後に切った断面。
矢印:病原菌の影響により水が通らなくなった部分。MRI画像では黒く見える。
樹木の幹部の撮影手法がほとんど検討されていなかった段階では、海外の研究も含めた他の成果がどの程度信用できるのか 判断できませんでしたが、今回、樹木へのMRI適用のために一つの基準を作ることができました。この方法を使うことにより、 樹木が発病に至るまでを同じ個体で追跡し、どの場所にどのように病気が広がっていくかを追跡することができるようになり ました。そして、今後、萎凋病の発病メカニズムを究明し、その予防や病気を抑える技術を開発できる可能性が広がりました。
本広報の関係論文は、国際学術誌IAWA Journal 27巻1号(2006年3月出版)に掲載されました。また、2005年12月に行われた 国際学会(第6回環太平洋地域木材解剖学会)において、近年問題になっているナラ類の集団枯死の病原菌 Raffaelea quercivoraを接種したミズナラの苗を10日間隔で撮影し、 菌の蔓延と樹液流動の停止がどのように進むのか、MRI画像から得られた情報をもとに報告しました。
<用語解説>
1)MRI:核磁気共鳴の物理現象を応用して、生物体の断層撮影や含有物質の同定を行う方法。また、その装置。磁気共鳴映像法。
2)テスラ:国際単位系(SI)の磁束密度の単位。1テスラは、磁束の方向に垂直な面1m2あたりの磁束密度。10000ガウス。