建築禁止仮処分申立事件
東京地裁八王子支部平成一二年(ヨ)第二八号、同第一〇七号
平成一二年六月六日民事第四部判決
決 定
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
主 文
一 債権者らの申立てをいずれも却下する。
二 申立費用は債権者らの負担とする。
理 由
第一 申立ての趣旨
(主位的申立)
債務者らは、別紙土地目録記載の土地の上に別紙建物目録記載の建物の建築をしてはならない。
(予備的申立)
債務者らは、別紙土地目録記載の土地の上に、別紙建物目録記載の建物について、高さ二〇メートルを越える部分の建築工事をしてはならない。
第二 事案の概要
本件は、国立市所在の別紙土地目録記載の土地(以下「本件土地」という。)に隣接する土地を所有して学校を経営している債権者学校法人《甲1》(以下
「債権者《甲1》」という。)、債権者《甲1》が右土地上において経営している学校に通学している債権者《甲2》ら七名(以下「債権者《甲2》ら」ともい
う。)、本件土地の近隣土地又は隣接土地を所有し居住している債権者《甲3》(以下「債権者《甲3》」という。)及び債権者《甲4》(以下「債権者《甲
4》」という。)ら六名(以下、まとめて「債権者《甲3》ら」ともいう。)が、本件土地上に別紙建物目録記載の建物(以下「本件マンション」という。)を
建築しようとしている債務者らに対し、債務者らによる本件マンションの建築は国立市の条例に違反して建築基準法に違反するものであるし、本件マンションが
建築されると、債権者《甲1》及び同《甲3》らにおいては日照が阻害され、債権者《甲2》らにおいては教室や校庭からの眺望が奪われたりプライバシーが侵
害されるほか、本件土地近隣の景観権が侵害されるなどと主張して、本件マンションの建築禁止の仮処分を求めた事案である。
第三 当裁判所の判断
一 疎明資料(疎甲二の1ないし9、三、四、五の1ないし30、七、九、一二、一四、一七、一九、二五、三〇、三二の1ないし6、四三、四七、五一、五
七、五九、六四、六六、六七、疎乙一ないし三、四の1ないし3、五、六、八ないし一〇、一三ないし一九、二二、二六ないし三一、三三、三八ないし四三、四
九の1、2、五〇、五五の1、2、五六ないし七二)及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。
1 当事者等
(一)債権者ら
(1)債権者《甲1》は、本件土地の北側の道路を挟んだ土地(東京都国立市中×―×―××。以下「学校敷地」ともいう。)を所有し、右土地上において《甲
1》小学校、《甲1》中学校及び《甲1》高等学校(以下「《甲1》男子部門」という。)を経営している学校法人である。
(2)債権者《甲2》らは、いずれも《甲1》男子部門に通学する児童・生徒である。
(3)債権者《甲3》は、本件土地に隣接する同市中×丁目××番地の××所在の平家建て建物に居住する者であり、債権者《甲4》、債権者《甲5》、債権者
《甲6》(以下「債権者《甲6》」という。)、債権者《甲7》(以下「債権者《甲7》」という。)及び債権者《甲8》(以下「債権者《甲8》」という。)
は、いずれも本件土地の近隣に居住している者である。
(二)債務者ら
(1)債務者《乙1》株式会社(以下「債務者《乙1》」という。)は、住宅地、工業用地等の開発、造成及び販売に関する業務等を行う株式会社であり、本件
マンションの建築主である。
(2)債務者《乙2》株式会社(以下「債務者《乙2》」という。)は、土木、建築、電気工事、管工事及びその他工事の請負・設計監理等の業務を行う株式会
社であり、本件マンションの設計監理者及び工事施工者である。
2 日照被害の状況等
(一)債権者《甲3》宅について
(1)債権者《甲3》宅と本件土地との位置関係等
債権者《甲3》宅は本件土地の西隣に位置し、本件土地の境界線からわずかしか離れていないところに建築されている。債権者《甲3》宅の南隣には《A》の
二階建ての自宅が存在している。債権者《甲3》宅は平家建てであり、南側壁面には、開口部が西側に一か所(以下「西側開口部」という。)、東側に一か所
(以下「東側開口部」という。)の合計二か所あり、西側開口部の方が東側開口部に比べて大きい。
(2)本件マンションのみによる日影の発生状況(冬至の真太陽時におけるもの。以下同じ。)
〔1〕午前八時
西側開口部及び東側開口部の両方とも全部が日影になる。
〔2〕午前九時
〔1〕と同じ
〔3〕午前一〇時
〔1〕と同じ
〔4〕午前一〇時三〇分
(ア)西側開口部
東側の下方に全体の面積の約九分の一程度の日影が生じるのみであり、開口部の中心は日影とならない。
(イ)東側開口部
全部が日影となる。
〔5〕午前一一時
西側開口部及び東側開口部ともに日影は生じない。
これ以降、本件マンションによる日影は生じない。
(3)《A》宅による日影の発生状況
〔1〕午前八時
(ア)西側開口部
左上部のごく一部に日影が生じるが、開口部の中心は日影とならない。
(イ)東側開口部
日影は生じない。
〔2〕午前九時
(ア)西側開口部
ほぼ下半分が日影となり、開口部の中心も日影になっていると認められる。
(イ)東側開口部
日影は生じない。
〔3〕午前一〇時
(ア)西側開口部
下側に全体面積の四分の一くらいの日影が発生するが、開口部の中心には日影は生じない。
(イ)東側開口部
日影は生じない。
〔4〕午前一〇時三〇分
(ア)西側開口部
下側に全体面積の七分の一くらいの日影が発生するが、開口部の中心に日影は生じない。
(イ)東側開口部
西側下にごく一部日影が発生する。開口部の中心に日影は生じない。
〔5〕午前一一時
(ア)西側開口部
下側にごく一部(全体面積の一〇分の一くらい)の日影が発生するが、開口部の中心に日影は生じない。
(イ)東側開口部
西半分下側に全体面積の一六分の一くらいの日影が発生するが、開口部の中心に日影は生じない。
〔6〕午後〇時
(ア)西側開口部
西側に全体面積の四分の三くらいに日影が発生し、開口部の中心も日影となる。
(イ)東側開口部
下にごくわずか(全体面積の二〇分の一くらい)の日影が発生するが、開口部の中心に日影は生じない。
〔7〕午後一時
(ア)西側開口部
全部が日影となる。
(イ)東側開口部
西側下に斜めにごく一部(全体面積の二五分の一程度)と全面下にごくわずか(全体面積の一六分の一程度)に日影が発生するが、開口部の中心に日影は生じ
ない。
〔8〕午後二時
西側開口部及び東側開口部ともに全部が日影となる。
〔9〕午後三時
〔8〕と同じ。
〔10〕午後四時
(ア)西側開口部
上部六分の一程度を除き、日影となる。
(イ)東側開口部
全部が日影となる。
(4)複合日影の発生状況
〔1〕午前八時
西側開口部及び東側開口部ともに全部が日影となる。
〔2〕午前九時
〔1〕と同じ
〔3〕午前一〇時
〔1〕と同じ
〔4〕午前一〇時三〇分
(ア)西側開口部
下側に全体面積の六分の一くらい及び東側下にごく一部(全体面積の九分の一程度)が日影となるが、開口部の中心に日影は生じない。
(イ)東側開口部
全部が日影となる。
〔5〕午前一一時
(ア)西側開口部
下側にごく一部(全体面積の一〇分の一くらい)に日影が発生するが、開口部の中心に日影は生じない。
(イ)東側開口部
西半分下側に全体面積の一六分の一くらいに日影が発生するが、開口部の中心に日影は生じない。
〔6〕午後〇時
(ア)西側開口部
西側に全体面積の四分の三くらいの日影が発生し、開口部の中心も日影となる。
(イ)東側開口部
下にごくわずか(全体面積の二〇分の一くらい)の日影が発生するが、開口部の中心に日影は生じない。
〔7〕午後一時
(ア)西側開口部
全部が日影となる。
(イ)東側開口部
西側下に斜めにごく一部(全体面積の二五分の一程度)と全面下にごくわずか(全体面積の一六分の一程度)の日影が発生するが、開口部の中心に日影は生じ
ない。
〔8〕午後二時
西側開口部及び東側開口部ともに全部が日影となる。
〔9〕午後三時
〔8〕と同じ
〔10〕午後四時
(ア)西側開口部
上部六分の一程度を除き、日影になる。
(イ)東側開口部
全部が日影となる。
(5)債権者《甲3》の日照被害の状況について(当裁判所の評価)
まず、右日照被害評価の基礎となる債権者《甲3》宅への日影時間の算出基準について検討するに、右時間は、二つある南側開口部の両方の中心部がいずれも
日影となっている時間と解すべきである。なぜなら、この日影時間は、法律上保護されるべき債権者《甲3》の日照被害を検討するに際して基礎となる要素であ
るところ、両方の南側開口部の中心がいずれも日影になった場合に債権者《甲3》宅の室内への日照がほとんどなくなると評価でき、このような被害が生じる場
合のみ法的に保護すべき利益を侵害されたものというべきであって、どちらかの開口部から十分に日照が室内へ差し込んでいる場合や、開口部の一部のみに日影
が発生しているがその開口部から室内への日照がほとんど妨げられていないような場合には、法的に保護すべき利益が侵害されたとは認められないからである。
そこで、このような観点から債権者《甲3》の日照被害について検討するに、債権者《甲3》宅の二つある南側開口部の中心がいずれも日影となるのは、本件
マンションのみによって発生する日影については午前八時から二時間三〇分程度に過ぎない。確かに、債権者《甲3》宅には、南隣に存在する《A》宅による日
影も発生し(複合日影)、その合計した日影時間は午前中の二時間三〇分と午後二時からの二時間との四時間三〇分に達し、相当重大な被害が生じることになる
ということができる。しかしながら、本件マンションによって発生する日影時間は《A》宅によって発生する日影時間よりも三〇分間長いくらいでそれほど大差
がないことからすると、右複合日影を全て債務者《乙1》の負担にすることはできないし、また、債権者《甲3》宅は《A》宅を撤去することを前提として建築
確認を受けたのに、実際は《A》宅を取り壊さず建てた建物で、建築基準法に違反している建物であること(疎乙三二)等からすると、債権者《甲3》の本件マ
ンションによる日照被害をそれほど重大なものと評価することはできない。
(二)債権者《甲1》の日照阻害
(1)債権者《甲1》の敷地と本件土地との位置関係等
債権者《甲1》の敷地は、本件土地の北側を東西に走る比較的幅員の狭い道路を挟んだ北側に存在している。
債権者《甲1》の敷地の南側半分には校庭が存在し、校舎等の建物は敷地の北側半分に存在している。校舎等の建物は、東から小学校校舎、中学校校舎、高等
学校校舎、体育館というように並んでいる。
なお、債権者《甲1》の校舎、体育館等の施設には、本件マンションによる日影は一切生じない。
(2)本件マンションによる債権者《甲1》敷地への日影状況
〔1〕午前八時
本件土地から体育館建物方面に延びる日影が校庭に発生し、その日影となる部分の面積は、校庭全体の面積のおよそ三分の一程度と認められる。
〔2〕午前九時
校庭のうち、本件土地との間にある道路に近い部分に日影が発生するが、その日影となる部分の面積は、校庭全体の面積の八分の一以下程度である。
〔3〕午前一〇時から午後三時まで
校庭のうち、本件土地との間にある道路に近い部分に日影が生じるが、その部分の面積はごくわずかである。
〔4〕午後四時
校庭の南東端の部分に日影が生じるが、その面積は、校庭全体の面積の一六分の一程度である。
(3)債権者《甲1》の日照被害について(当裁判所の評価)
債権者《甲1》の日照被害については、日照被害を受けるのは校舎等の建築物ではなく校庭のみであり、しかも発生する日影自体も校庭全体の面積の三分の一
が午前八時から一時間程度、八分の一が午前九時から一時間程度で、その後はごくわずかしか日影が生じないというに過ぎないのであるから、債権者《甲1》に
おける、あるいは学校教育一般における校庭の重要性(疎甲七、三一、三七の1、2、六六、七三)を斟酌してもなお、その被害の程度はそれほど大きいものと
はいえないものというべきである。
(三)債権者《甲6》、債権者《甲7》及び債権者《甲8》の日照被害について
(1)債権者《甲6》
〔1〕債権者《甲6》の自宅敷地と本件土地との位置関係等
債権者《甲6》の自宅敷地は、本件土地の東側を南北に走る大学通りを挟んだ東側に存在している。
〔2〕債権者《甲6》の自宅等の日影発生状況等
(ア)《甲9》邸(平家建て)
(あ)建物南側開口部(一つしか確認されていない)
(a)午後三時以前
本件マンションによる日影は生じない。
(b)午後四時
全体が本件マンションによる日影となる。
(い)建物西側開口部(三つ確認されている)
(a)午後二時以前
本件マンションによる日影は生じない。
(b)午後三時
全体が本件マンションによる日影となる。
(c)午後四時
全体が本件マンションによる日影となる。
(イ)《甲9》荘(《甲9》邸別棟。二階建て)
(あ)建物南側開口部
開口部は確認されていない。
(い)建物西側開口部(二階部分に二つ確認されている)
(a)午後三時以前
本件マンションによる日影は発生しない。
(b)午後四時
全体が本件マンションによる日影となる。
〔3〕債権者《甲6》の日照被害について(当裁判所の評価)
債権者《甲6》の日照被害については、日照被害を受けるのはいずれも午後三時以降の夕方のみであり、最も日照が必要とされる午前中から午後の早い時間に
かけては一切本件マンションによる日影は生じないのであるから、軽微なものと評価できる。
(2)債権者《甲7》
〔1〕債権者《甲7》の自宅敷地と本件土地との位置関係
債権者《甲7》の自宅敷地は、本件土地の東側を南北に走る大学通り及び本件土地の北側を東西に走る比較的幅員の狭い道路を挟んで北東に存在している。
〔2〕債権者《甲7》の自宅の日影発生状況等
(ア)建物南側開口部(二階部分に一つ確認されている)
(あ)午後二時以前
本件マンションによる日影は発生しない。
(い)午後三時
全体が本件マンションによる日影となる。
(う)午後四時
全体が本件マンションによる日影となる。
(イ)建物西側開口部(一階部分に四つ、二階部分に二つ確認されている)
(あ)午後二時以前
本件マンションによる日影は発生しない。
(い)午後三時
全体が本件マンションによる日影となる。
(う)午後四時
全体が本件マンションによる日影となる。
〔3〕債権者《甲7》の日照被害について(当裁判所の評価)
債権者《甲7》の日照被害については、日照被害を受けるのはいずれも午後三時以降の夕方のみであり、最も日照が必要とされる午前中から午後の早い時間に
かけては一切本件マンションによる日影は生じないのであるから、軽微なものと評価できる。
(3)債権者《甲8》
〔1〕債権者《甲8》の自宅敷地と本件土地との位置関係
債権者《甲8》の自宅敷地は、本件土地の東側を南北に走る大学通り及び本件土地の北側を東西に走る比較的幅員の狭い道路を挟んで北東に存在している。
〔2〕債権者《甲8》の自宅の日影発生状況等
(ア)建物南側開口部(二階部分に二つ確認されている)
(あ)午後二時以前
本件マンションによる日影は生じない。
(い)午後三時
本件マンションによる日影は生じない。
もっとも、一階部分の南側側面は全体が本件マンションによる日影となるので、一階部分に開口部が存在する場合には(疎明資料上その存在は確認されていな
い。)、その開口部は全体が本件マンションによる日影となると考えられる。
(う)午後四時
全体が本件マンションによる日影となる。
(イ)建物西側開口部(一階部分に三つ、二階部分に二つ確認されている。)
(あ)午後二時以前
本件マンションによる日影は生じない。
(い)午後三時
本件マンションによる日影は生じない。
(う)午後四時
全体が本件マンションによる日影となる。
〔3〕債権者《甲8》の日照被害について(当裁判所の評価)
債権者《甲8》の日照被害については、日照被害を受けるのはいずれも午後三時以降の夕方のみであり、最も日照が必要とされる午前中から午後の早い時間に
かけては一切本件マンションによる日影は生じないのであるから、軽微なものと評価できる。
3 本件土地周辺の状況等
(一)国立市の歴史及び現況等
債権者らの土地及び本件土地(以下、まとめて「当該地域」ともいう。)は、国立市に所在する。
国立市(前身の国立大学町)は、大正後期から昭和初期の建設当初から、学園都市の実現を目的とし、一橋大学等の教育施設を中心とした閑静な住宅地を目指
して建設された。そのため、美観を損なうような建物の建築は禁止され、特に工場や風紀を乱すような営業は厳しく禁止されており、歓楽施設が一切ない「教育
の聖都」を目指したまちづくりが行われてきた。
このまちづくりの方針は、第二次大戦後も一貫され、昭和二七年には、現在のJR東日本中央本線国立駅以南について、東京都文教地区建築条例(以下「文教
地区条例」という。)に基づく文教地区の指定を受けるに至った。国立市の中でも、とりわけ国立駅から南へ延びる北多摩二号幹線(通称「大学通り」。以下
「大学通り」という。)を中心とした一帯は右まちづくりの方針の中心となっており、この沿線住宅地は、大学通りが幅員約四四メートルという広い道路である
にもかかわらず、高さ制限を一〇メートルとする第一種低層住居専用地域に指定され、そこに建築されている建物は、二階ないし三階建て程度の低層住宅がその
ほとんどを占めている。また、その後も、国立市では、文教都市国立市のシンボルである大学通りの街並みの景観を保全し、緑豊かな学園環境及び良好な住環境
を保全するという観点から、様々な都市計画が立案され、平成一〇年三月三〇日に制定された国立市景観形成条例を代表とする条例や行政指導要綱等も制定され
ている。この国立市のまちづくりは全国的にも有名であり、このような国立市のまちづくり・環境等へのあこがれなどから、国立市に移住してきた者も多数い
る。
平成一一年四月に行われた国立市長選挙で景観保護を訴える現市長が当時現職の市長を破って当選を果たすなど、現在でも、国立市民の多くは、国立市の景観
に対して強い関心を有している。
(二)当該地域の現況等
当該地域は、大学通り沿線にあり、JR東日本中央本線国立駅から約一ないし一・五キロメートルのところに位置している。
当該地域は、第一種低層住居専用地域、第一種又は第二種中高層住居専用地域に指定されており、その周辺半径四〇〇メートルも、南方に存在する近隣商業地
域を除いて、第一種低層住居専用地域、第一種又は第二種中高層住居専用地域、第一種又は第二種住居地域に指定され、そこに建てられている建物は、二階建て
又は三階建て程度の個人住宅がその大半を占めているが、四階建て以上の集合住宅、国立市の施設、学校等も存在しており、六階建ての集合住宅(さくら通りの
南に面する、第一種住居専用地域内の「メゾンエクセル」)も存在している。
なお、当該地域のうち、債権者《甲3》宅敷地及び本件土地が存在する一帯を除いて、文教地区条例上の第一種文教地区に指定されている。
(三)債権者《甲3》宅敷地及び本件土地の現況
(1)地域の現況
債権者《甲3》宅敷地及び本件土地一帯(以下「本件土地一帯」という。)は、都市計画法上の第二種中高層住居専用地域に指定されているところ、この一帯
の東は幅員四四メートルないし二八メートルの大学通りに面しており、南は幅員二〇メートルの道路に面している。この一帯には、平家建てないしは三階建ての
個人住宅のほか、三階建ての国立市障害者センター、四階建てのNTT国立社宅、同じく四階建てのくにたち福祉会館、さらに五階建ての創形美術学校など、四
階建て以上の建物も存在している。
(2)都市計画法等による規制等
〔1〕日影に対する規制
本件土地及び債権者《甲3》の自宅敷地は、都市計画法上、第二種中高層住居専用地域に指定されており、建築基準法上の日影規制は、高さが一〇メートルを
超える建築物に関し、冬至日の真太陽時による午前八時から午後四時までの間に、建築建物の敷地の平均地盤面から四メートルの高さの水平面において、敷地境
界線から水平距離が五メートルを超え一〇メートル以内の範囲には三時間以上、一〇メートルを超える範囲には二時間以上の日影を生じさせてはならないものと
されている。
〔2〕容積率等の規制
本件土地一帯は、前記のとおり、都市計画法上の第二種中高層住居専用地域に指定されているところ、容積率は二〇〇パーセント、建ぺい率は六〇パーセント
に制限されている。
なお、この一帯は、文教地区条例上の文教地区には指定されていない。
(四)債権者《甲1》敷地の現況
(1)地域の現況
債権者《甲1》敷地一帯は、都市計画法上の第一種中高層住居専用地域に指定されているところ、この一帯の東は幅員四四メートルの大学通りに面しており、
北側は幅員一六メートルの道路に面している。この一帯は債権者《甲1》の敷地で占められており、この敷地内には三階建ての高等学校校舎のほか、小学校校
舎、中学校校舎、体育館等の施設が存在する。
(2)都市計画法等の規制等
〔1〕日影に対する規制
債権者《甲1》の土地は、都市計画法上、第一種中高層住居専用地域に指定されており、建築基準法上の日影規制は、第二種中高層住居地域の場合と同じであ
る。
〔2〕容積率等の規制
この一帯は、前記のとおり、都市計画法上の第一種中高層住居専用地域に指定されているところ、容積率は一五〇パーセント、建ぺい率は五〇パーセントに制
限されている。
なお、この一帯は文教地区条例上の第一種文教地区に指定されている。
(五)債権者《甲6》宅敷地の現況
(1)地域の現況
債権者《甲6》宅敷地一帯は、都市計画法上の第一種低層住居専用地域に指定されているところ、この一帯の西は幅員四四メートルの大学通りに(債権者《甲
6》宅敷地は大学通りに面している。)、北は幅員の比較的狭い道路にそれぞれ面しており、東は第一種中高層住居専用地域に、南は第二種中高層住居専用地域
にそれぞれ接している。この一帯は二階建て程度の建物がほとんどである。
(2)都市計画法等の規制等
〔1〕日影に対する規制
債権者《甲6》宅敷地一帯は、都市計画法上、第一種低層住居専用地域に指定されており、建築基準法上の日影規制は、軒高が七メートルを超えるか又は三階
以上の建築物に関し、冬至日の真太陽時による午前八時から午後四時までの間に、建築建物の敷地の平均地盤面から一・五メートルの高さの水平面において、敷
地境界線から水平距離が五メートルを超え一〇メートル以内の範囲には四時間以上、一〇メートルを超える範囲には二・五時間以上の日影を生じさせてはならな
いものとされている。
〔2〕容積率等の規制
この一帯は、前記のとおり、都市計画法上の第一種低層住居専用地域に指定されているところ、容積率は一〇〇パーセント、建ぺい率は五〇パーセントに制限
されている。
(六)債権者《甲7》宅敷地及び債権者《甲8》宅敷地の現況
(1)地域の現況
債権者《甲7》宅敷地及び債権者《甲8》宅敷地の一帯は、都市計画法上の第一種低層住居専用地域に指定されているところ、この一帯の西は幅員四四メート
ルの大学通りに、南は幅員の比較的狭い道路にそれぞれ面している(債権者《甲8》宅敷地は大学通りに、債権者《甲7》宅敷地は大学通り及び幅員の小さい道
路のいずれにも面している。)。この一帯の建物は、二階建てないしは三階建ての個人住宅、集合住宅がほとんどである。
(2)都市計画法等の規制等
〔1〕日影に対する規制
債権者《甲7》宅敷地及び債権者《甲8》宅敷地の一帯は、都市計画法上、第一種低層住居専用地域に指定されているので、日影に対する規制は債権者《甲
6》宅敷地の場合と同様である。
〔2〕容積率等の規制
この一帯は、前記のとおり、都市計画法上の第一種低層住居専用地域に指定されているところ、容積率は一〇〇パーセント、建ぺい率は五〇パーセントにそれ
ぞれ制限されている。
4 本件マンション建築工事計画の概要等
(一)本件マンション建築工事計画の概要は次のとおりである。
(1)工事名称その他は別紙建物目録記載のとおりである。
(2)工期(予定)
平成一二年二月一日から平成一四年三月末日
準備作業・後片づけ作業を含む。
(二)本件マンションの本件土地における配置状況
(1)東側は道路境界から東側バルコニー外壁まで約七・五メートル
(2)南側は道路境界から南側バルコニー外壁まで約二一メートル
(3)北側は道路境界から北側バルコニー外壁まで約一一・五メートル
(4)西側は道路境界から西側バルコニー外壁まで約五・四メートル
5 本件マンション建築工事計画に関する公法的規制への適合性等
(一)日影規制(建築基準法五六条の二)について
前記のとおり、本件土地は、都市計画法上の第二種中高層住居専用地域に指定されており、建築基準法上の日影規制は、高さが一〇メートルを超える建築物に
関し、冬至日の真太陽時による午前八時から午後四時までの間に、建築建物の敷地の平均地盤面から四メートルの高さの水平面において、敷地境界線から水平距
離が五メートルを超え一〇メートル以内の範囲には三時間以上、一〇メートルを超える範囲には二時間以上の日影を生じさせてはならないものとされている。
本件マンションは、計画上高さが一〇メートルを超えるのでこの規制の対象となるが、本件マンションは右日影規制に適合している。
(二)国立市地区計画の区域内における建築物の制限に関する条例及び同条例の一部を改正する条例(以下、まとめて「本件建築物制限条例」という。)につい
て
(1)本件建築物制限条例の概要
本件建築物制限条例は、建築基準法六八条の二第一項の規定に基づいて制定され、平成一一年一二月二四日に公布、平成一二年一月一日に施行され、その後同
年一月三一日に改正され、二月一日に改正後の条例が公布・施行されたものである。
本件建築物制限条例は、地区計画の区域内における建築物の用途等に関する制限を定めることにより、適正かつ合理的な土地利用を図り、もって良好な都市環
境を確保することを目的とし(一条)、国立市が定めた地区整備計画区域について、その区域内に建築してはならない建築物、建築物の延べ面積の敷地面積に対
する割合の最高限度、建築物の高さの最高限度等を定めている。そして、右改正後の本件建築物制限条例は、本件土地を含む国立市中三丁目地区地区整備計画区
域(平成一二年国立市告示第四号に定める国立都市計画中三丁目地区地区計画の区域のうち、地区整備計画が定められた区域)について、本件土地を含む中層住
宅地区に建築する建築物の高さを二〇メートルに制限している。右地区計画は、平成一一年二月一四日公示され、国立市都市計画審議会の賛成、答申を経て、平
成一二年一月二四日公示され、都市計画法上の効力が生じたものである。
本件建築物制限条例のうち、本件土地を含む区域に関する改正条例は、右のとおり同年二月一日に公布され、同日施行された。すなわち、右改正条例は、建築
基準法三条二項によれば、右施行日である平成一二年二月一日時点において現に建築工事中である建築物については適用されないことになる。
(2)債務者らによる工事実施状況等
〔1〕債務者らによる本件マンション建築工事の工程
本件マンション建築工事の工程は別表「工事工程表(全体工事)」のとおりである。
〔2〕工事実施状況
債務者らは、平成一二年一月五日に本件マンション建築工事について建築確認を受けると、同日に土を掘る根切り工事を開始し、同月二六日からは右工事に
よって掘削された部分の崩れを防止する山留工事を右根切り工事と並行して行った。
(三)国立市開発行為等指導要綱等について
(1)平成一一年九月一日付け改正前の指導要綱(以下「旧指導要綱」という。)
〔1〕旧指導要綱の目的及び性質等
旧指導要綱は、平成八年四月一日に、国立市における開発行為等によって、無秩序な市街化が行われることを規制し、良好な市街地の造成並びに快適な生活環
境を保持するとともに、「人間を大切にするまちづくり」の実現を図ることを目的として制定されたものである。
〔2〕旧指導要綱の内容等
高さが一〇メートル以上の中高層建築物の建設事業を実施する者(以下「事業主」という。)は、法令に定める手続きを行う前に市長に申し出て、当該事業に
係る建築物の建築及び管理に関する事項、その他この要綱に定める各事項について、協議しなければならないものとされ(二条一項五号、三条一項)、その場合
には、事業計画事前協議書を市長に提出しなければならないものとされている(旧指導要綱施行基準二条)。そして、事業主は、右事前協議の申出をしたとき
は、右事業を行おうとする場所に、右事業計画の概要を明示した標識を設置せねばならず、その際には、東京都中高層建築物の建築に係る紛争の予防と調整に関
する条例(以下「都紛争予防条例」という。)に定める事項も併せて記載しなければならないものとされ(四条)、事業主は、右標識設置後一四日以内に、標識
設置届を市長に提出しなければならないとされている(同施行基準三条)。
事業主は、右標識を設置した後、隣接する土地、建物の権利者及び居住者(以下「権利者等」という。)及び敷地の境界から右事業に係る建築物の高さの二倍
の水平距離の範囲内の権利者等に対して、事業計画の概要を説明しなければならず(五条一項、二項)、また、それ以外の権利者であっても、建築基準法五六条
の二に基づく冬至日の午前九時から午後三時までの実日影の影響を受ける者から申出があった場合には、その者に対しても右説明を行わなければならないとされ
(五条二項)、右説明に当たって説明会を開催したときは、その内容を書面で市長に報告しなければならないとされている(五条三項)。
事業主は、市長との右事前協議が整ったときは、五条に規定する説明等の報告書を添付した事業計画事前審査願(以下「事前審査願」という。)を提出するも
のとされており、このことは事業計画の変更があったときも同様である(同施行基準四条一項)。市長は、右事前審査願の提出があった場合には、開発行為等指
導要綱審査委員会(以下「指導要綱審査委員会」という。)に右事前審査願を付議し(同施行基準四条三項)、事業計画が指導要綱に適合していると認め指導要
綱審査委員会の承認を得た場合には、その旨を事業主に通知する(同施行基準五条)。右通知を受けた事業主は、事業計画承認申請書を市長に提出し(同要綱施
行基準六条)、市長は、右申請書が指導要綱及び同要綱基準に適合していると認めた場合には、事業主と協定書を締結した上で承認書を交付することになる(同
施行基準七条)。協定書を締結し、承認書の交付を受けた事業主は、国立市に対して、指導要綱九条二項及び一〇条三項に定める協力金を、右交付を受けた日か
ら六〇日以内に、納入せねばならない(同施行基準八条)。
事業主は、右承認書の交付を受けて当該事業に着手しようとするときは、着手前一四日以内に着手届を市長に提出して検査を受けなければならない(同施行基
準九条)。
そして、事業主は、開発行為等に当たっては、関係法令及び指導要綱の規定を遵守しなければならないとされている(一四条)。
なお、都紛争予防条例施行規則五条一項によれば、延べ面積が一〇〇〇平方メートルを超え、かつ、高さが一五メートルを超える中高層建築物に係る標識は、
建築基準法六条一項に規定する建築確認申請を行う日の少なくとも三〇日前までには設置しなければならないとされており、したがって、右標識を設置してから
三〇日間を経過すれば、建築確認申請を行うことができるものとされていた。
(2)改正後の国立市開発行為等指導要綱(以下「本件指導要綱」という。)
本件指導要綱は、そのほとんどが改正前と同じであるが、主な改正点としては、前記標識について、右標識は市長に対して事前協議を申し出る二週間前までに
設置しなければならないとされ、右標識に都紛争予防条例に定める事項の記載を併記しなければならないとの点は削除されている(四条)。
本件指導要綱は、改正日である平成一一年九月一日から施行されたが、右施行日以前に指導要綱審査委員会で承認された事業については右改正前の指導要綱が
適用される(本件指導要綱付則)。
(3)債務者《乙1》が本件指導要綱等に基づいて行った手続の概要等
〔1〕債務者《乙1》は、平成一一年七月一六日及び二三日、国立市の関係各課に対して、本件マンション建築工事について、旧指導要綱に係る事前相談を実施
し、同年八月一八日に国立市都市計画課に対し、国立市長宛の旧指導要綱に基づく事前協議書を提出し、受理された。
〔2〕国立市長は、同月一九日、債務者《乙1》に対して、「同年九月一日改正予定の本件指導要綱に基づく事前協議を行う。」旨の文書を発し、
(ア)債務者《乙1》は本件指導要綱に基づいて事前協議書を出し直すこと
(イ)その提出時期は標識設置の二週間後とすること
(ウ)標識には都紛争予防条例で定められた事項は併記しないこと
をそれぞれ要請した。債務者《乙1》は、同月二七日、国立市の右要請に従い、都紛争予防条例で定められた事項を併記しない標識を設置し、同月三〇日、本件
指導要綱に基づく標識設置届を提出した。
〔3〕債務者《乙1》は、同年一〇月一日、国立市の関係各課との協議及び個別説明による近隣説明が完了したと判断したことから、事前協議が終了したものと
判断し、国立市に事前審査願を提出した。しかし、国立市は、債務者《乙1》が近隣住民から要請されている説明会を開催していないことなどの理由から、事前
協議は終了していないとして右審査願の受理を拒否した。
〔4〕債務者《乙1》は、同月一九日、都紛争予防条例に基づく標識を設置し、同月二〇日、債務者《乙2》において東京都建築指導事務所に標識設置届を提出
したところ、同月二七日に右設置届が受理された。
〔5〕債務者《乙1》は、本件マンション建築工事について、一八階から一四階への設計変更を決め、同年一一月一一日に国立市助役及び都建築指導事務所に対
して口頭で一四階への設計変更を報告し、同月一二日、国立市都市計画課に対して計画変更後の一四階案を図面を用いて説明した。そして、同月二二日、債務者
《乙1》は、国立市に対し、事業計画事前協議書の変更届出書を提出した。
〔6〕債務者《乙1》は、同年一二月三日、都建築指導事務所に対して本件マンション建築工事に係る建築確認申請書を提出し、受理された。
〔7〕債務者《乙1》は、同月一〇日、国立市に対して本件マンション建築工事に係る事前審査願を提出したが、受理されなかった。
(4)都紛争予防条例への適合性
債務者《乙1》は、平成一一年一〇月一九日に都紛争予防条例に基づく標識を設置し、その旨の標識設置届を提出しており、右標識設置から三〇日以上経過し
た同年一二月三日に建築確認申請を行っているのであるから、これらの手続は都紛争予防条例に適合している。
(四)国立市都市景観形成条例について
(1)国立市都市景観形成条例(以下「景観条例」という。)の制定等
景観条例は、国立市の都市景観の形成に関する基本的事項を定めることにより、「文教都市くにたち」にふさわしい美しい都市景観を守り、育て、つくること
を目的として(一条)、平成一〇年三月三〇日公布されたものである。
(2)景観条例の内容
事業者(二条(8))は、自らの責任において、積極的に都市景観の形成に寄与するように努めなければならず(八条一項)、市長が行う都市景観の形成に関
する施策に協力しなければならない(同条二項)。市長は、重点地区の区域外で大規模行為(同規則一一条一号により、本件マンションの建築は大規模行為に当
たる。)の届出(二六条(1))があった場合に、当該届出に係る行為が大規模行為景観形成基準に適合しないと認めるときは、当該届出をした者に対し、必要
な措置を講ずるよう助言し、又は指導することができ、指導に従わない者に対して指導に従うよう勧告することができる(二八条)。また、都市景観の形成に関
し必要な事項を調査、審議するため、国立市都市景観審議会が設置されている(四一条)。
(3)債務者《乙1》が景観条例に基づいて行った行為等
平成一一年八月二七日、債務者《乙1》は、景観条例に基づく大規模行為の届出をした。
同年一〇月八日、国立市長から債務者《乙1》に対し、景観条例二八条に基づき、周辺の建築物や二〇メートルの高さで並ぶ銀杏並木と調和するよう建物の高
さを低くするよう等の指導があり、これに対し債務者《乙1》は、同年一〇月二〇日国立市長に対し、市の指導する建物規模について基準となるべき具体的高さ
を明示して頂きたいと質問した。これに対し、同月二二日付で国立市長から、建物の規模は大学通りの景観と調和するように求めるものであり、このことは事業
者の責務のとおりであるから、同債務者において検討されたいとの回答があった。
債務者《乙1》は、同年一一月一日、国立市長に対し、建物の規模は景観条例に適合しているので届出の通り計画したいと回答書を出し、同月二二日、一四階
の事業計画に基づいて、景観条例二六条に基づく大規模行為変更届出書を提出したが、その後国立市から指導等の応答はなかった。
その後、国立市都市景観形成審議会が開催され、本件マンション計画について審議されたが、平成一二年一月一一日の同審議会でも紛糾し、結局本件計画に対
する国立市の指導につき答申を出すことができなかった。
6 債務者《乙1》による近隣住民に対する説明等
債務者《乙1》は、平成一一年八月二四日に本件マンション建築計画について説明すべく近隣住民六六戸を戸別訪問したことを皮切りに、同年一〇月一日まで
に全ての近隣住民に対して戸別訪問を行った。
債務者《乙1》は、この間、同年八月三一日には国立市の担当者から、同年九月八日には国立市長から、説明会開催の指示を受けたほか、債権者《甲1》等か
ら説明会の開催を要求されたが、住民に対しては全体説明会ではなく、個別説明で対応するとして、これらの要求を断っていた。
しかし、債務者《乙1》は、国立市のこのような態度やその後の国立市からの説明会開催要請にかんがみ、同年一〇月一三日、国立市に対して「本件指導要綱
五条に定める範囲の人々に限り、同月二〇日、二一日及び二二日に説明会を開催する。」旨回答し、本件マンション建築に反対する近隣住民で組織される「2H
の会」の範囲内の近隣へ、右のとおり計画説明会を開催する旨の案内状を配布した。債務者《乙1》は、同月二〇日に第一回説明会(一日目)を開催したが、近
隣住民の来場者は一名しかなく、同月二一日及び二二日に同説明会二日目、三日目をそれぞれ開催したが、いずれの説明会にも近隣住民の来場者はいなかった。
債務者《乙1》は、同年一一月六日午後六時から八時まで、くにたち福祉会館大ホールにおいて第二回近隣説明会を開催した。この説明会には近隣住民二〇七
名が出席した。また、債務者《乙1》は、その後、建築確認処分を得るまでに、同月二〇日には第三回近隣説明会(場所‥国立商業協同組合ビル二階大会議室、
時間‥午後六時から八時、出席者一七五名)、同月二七日には第四回近隣説明会(場所‥国立市商業協同組合ビル二階大会議室、時間‥午後六時から八時、出席
者‥一六六名)、同年一二月一八日には第五回近隣説明会(場所‥ニューシティホール国立、出席者‥一四三名)をそれぞれ開催した。
7 本件マンション建築計画を変更した場合の債務者《乙1》の損害等
一四階建ての計画を六階建て(地上二〇メートル以内の高さ)に変更した場合の債務者《乙1》等の損害などについては、債務者らから詳細な主張や疎明資料
は提出されていない。
8 本件土地買収時の債務者《乙1》の認識等
(一)本件土地の旧所有者であった《B》火災保険株式会社(以下「《B》」という。)は、昭和四〇年八月に本件土地を取得した。《B》は、本件土地上に地
上四階地下一階の計算センターを建築し(延べ床面積一万二三九八平方メートル)、その後増築して(最終的には延べ床面積一万八六一六平方メートルまで増
築。使用容積率は一〇四パーセント)使用していたが、平成五年に右計算センターを多摩市に移転した。
《B》は、右移転前、本件土地上に六階建ての建物の建築計画を立て、事務所用建物を建てられるよう国立市に用途地域の見直しを要請したが、国立市から右
要請を拒否され、右建築計画を断念した。
(二)平成一〇年一〇月二九日、くにたち福祉会館において、大学通り重点地区(C地区)の説明会が開催され、その当時本件土地の所有者であった《B》やそ
の他の右地区内の地権者一二名が出席した。右説明会では、景観条例制定までのあらまし、重点地区を指定するまでの流れ、都市景観形成基本計画の概要が説明
された。
(三)債務者《乙1》は、平成一一年七月二二日、《B》から本件土地を買い受けた。
(四)以上に加え、前記のように国立市の景観保護への取組み方が有名だったことなどに照らせば、債務者《乙1》は、《B》から本件土地を買うに当たって、
本件土地上に一八階建てのマンションを建築することになれば、近隣住民等から強い反対を受けることを知っていたというべきであり、少なくともそのような事
態が生じることを容易に予測し得たといえる。
二 検討
以上の認定事実に基づいて検討する。
1 建築基準法五六条の二は、日影について、都市計画法上の用途地域の指定等に応じて、各地域において建物を建築するには、その周囲の一定範囲の土地上に
は規制時間以上の日影を生じさせてはいけないという形での規制を行っている。確かに、この規制内容は一般的・概括的な内容となってはいるが、これは、種々
の利益衡量を経た上で、日影規制の水準に関する社会的な合意とすべく決定されているものである。したがって、ある建築物が周辺の他の建築物に対して日影を
生じさせ一定程度の日照被害を与えている場合であっても、その地域において適用されている日影規制に基づいて算出された日影時間が右規制の許容する範囲内
のものであれば、特段の事情が存在しない限り、右日影による日照被害は受忍限度の範囲内にあり、私法上も適法と解すべきである。
そして、前記のとおり、本件マンションは、第二種中高層住居専用地域に指定され、前記のような日影規制が適用される本件土地上に建築が予定されていると
ころ、債権者らが本件マンションによって受ける日照被害は、全て右日影規制で許容される範囲内の日影によって生じるものである。したがって、債権者らが本
件マンション建築によって被る日照被害は、特段の事情が存在しない限り、受忍限度の範囲内にあるというべきである。しかも、前記のとおり、債権者らの日照
被害の程度は軽微であるか又はそれほど重大視すべきものではないから、右特段の事情が認められ右日照被害が債権者らの受忍限度を超えるといい得るために
は、本件マンションが日影規制以外の公法的規制に違反しかつその違反が重大であるとか、債務者らによる本件マンション建築が債権者らの権利等に対する侵害
を目的としているなどの特殊な事情の存在が必要と解されるところ、本件においては、以下に説示するとおり、右のような特殊事情が存在していると認めること
はできない。
2(一)まず、債権者らは、本件マンション建築工事は本件建築物制限条例に違反し、建築基準法に違反すると主張する。
前記のとおり、本件建築物制限条例(改正条例。以下特に断わらない。)は、平成一二年二月一日時点において、「現に建築・・・工事中」の建築物に対して
は適用されない。したがって、本件マンション建築工事に対して本件建築物制限条例が適用されるか否かは、本件マンションが「現に建築・・・工事中」の建築
物であるといえるか否かにかかっている。
(二)この点に関する当事者の主張の要旨は次のとおりである。
(1)債権者らの主張
「現に建築・・・工事中」の「建築物」であるといえるためには、配筋工事や杭工事が相当程度進捗した段階に到達していることが必要である。
根切り工事や山留工事などの土工事は土地そのものの工事であり、建築物本体の工事ではないし、配筋工事による基礎やこれを支える杭は建築物の一部である
が、土工事をしている段階では「建築物」の一部も存在しないのであるから、「現に建築・・・工事中」の「建築物」とはいえないことは文理解釈上も明らかで
ある。
そして、本件マンションは四棟の建築物から構成されているので、「現に建築・・・工事中」であるといえるためには、四棟の建築物いずれについても配筋工
事や杭工事に着手し、それが相当程度進捗していることが必要である。
しかるに、本件では、平成一二年二月一日時点で、本件土地の南東部分の一角を掘削しているだけであって、いずれの棟についても建築のための杭は打たれて
いなかった。
実質的にみても、右時点までの土工事の進捗状況は、土工事全体の一四パーセント程度、全工程の〇・二六パーセントと試算される。このような少額の費用し
かかけていない段階では新しい法規範の法益を覆すに値する既得権があるとは到底いえない。
したがって、本件マンションは「現に建築・・・工事中」の「建築物」とは認められず、本件建築物制限条例の適用を受けること明らかである。
(2)債務者らの主張
「現に建築・・・工事中」であるといえるためには、(a)準備行為を完了し、(b)根切り工事を開始し、(c)かつその後も作業を継続していることで足り
るというべきである。
そうすると、本件において債務者《乙1》は、平成一二年二月一日時点において、(a)準備行為を完了し、(b)根切り工事を開始しており、かつ(c)そ
の後も作業を継続して行っているのであるから、本件マンション建設工事は「現に建築・・・工事中」であるというべきである。
なお、本件マンションは、外観上四棟(実際は六棟)の建物から構成されているが、受変電設備等の建築設備を共用していること、一体的に管理運営されるこ
と、互いに接続した部分を有すること、完成後一個の建築物として登記されることなどによれば、一つの建築物とみるべきである。
また、仮に本件マンションを一つの建築物とみることができないとしても、右四棟の建築物は用途上不可分の関係にある二以上の建築物に当たるといえる。そ
して、建築基準法上の規制は敷地単位に適用されるところ、建築基準法施行令一条一号によれば、数棟の建築物が用途上不可分の関係にあるときにはその敷地は
一個であるとされているのであるから、結局、建築基準法三条二項の適用に当たっても、本件マンションを四棟の建築物に分けて別々に考察すべきではなく、本
件土地に存在する建築物として一体的に考察すべきである。
以上によれば、本件において、根切り工事が本件土地の南東一角について行われているに過ぎないとしても、「現に建築・・・工事中」であると解することの
妨げにはならないというべきである。
(三)(1)そこで検討するに、建築基準法三条二項が、「現に建築・・・工事中」の建築物について新しく制定・適用された法律・条例等は適用されないとし
ている趣旨は、主として、現行の法律・条例等に則って建築工事を行っている建築主に不測の損害を生じさせないようにし、もって右建築主の既得権を保護する
ことにあると解される。
しかしながら、このような観点のみを重視すると不都合な事態が生じ得る。すなわち、現実の建築工事の手順についてみるに、建築工事は、そのための土地の
取得、設計図の作成、諸機関との協議、建築確認申請、建築確認処分の取得等の手順を経た上で、初めて適法かつ有効に実行することができるのであり、した
がって、建築主としては、着工までにかなりの費用や時間を費やすことになるのが通常である。そうすると、建築主の既得権保護という観点を重視すれば、現行
の法律に則って建築工事の準備行為に取りかかった時点で、新法の適用はされないとするのが妥当ということになろう。しかし、「建築工事の準備行為」といっ
ても、どこまでが「準備行為」といえるのか不明確になりやすいし、このような不明確な基準によって、新法の適用を免れることになると、脱法行為が横行する
ことも十分に考えられる。
そこで、建築基準法三条二項は、建築主の既得権保護を重視しつつ、「工事中」との文言を用いて、基準の明確化を図り、脱法行為を防止しようとしたものと
思われる。
このような、一方で建築主の既得権を保護し、他方で新法逃れの行為を防止しようとした建築基準法三条二項の趣旨にかんがみれば、「現に建築・・・工事
中」であるとは、当該建築工事について建築確認処分を取得した上で、当該土地上において何らかの建築工事を現実に開始し、かつそれが続行されている場合を
いうと解すべきである。
すなわち、建築主は、前記のとおり、現実に土地上で何らかの建築工事を開始するまでには相当の費用や時間を費やしているのであるから、このような建築主
の既得権は正当に保護する必要があるところ、現実に土地上で建築工事を開始しているか否かは客観的に明確であって「工事中」との本条項の文言とも適合する
上に、その工事を行うに際して建築確認処分を取得していることを前提とすれば、建築確認処分を取得するには前記のような相当程度の準備を行っていなければ
ならないから、ただ新法適用を免れるためだけに、何ら工事に向けた準備もしておらず、その意味で本当に建築工事を行い得るのか否か不確定なまま、土地を少
し掘削しさえすれば、新法の適用を免れ得るというような脱法行為を封じることができるといえるからである。
債権者らは、土工事の段階ではそもそも建築物自体全く存在しないのであるから文理解釈からも「建築・・・工事中」の「建築物」とはいえないと主張し、右
主張は新法施行時に既に建築されている建築物と同様に既得権を保護すべき建築物を定めるものとして、傾聴すべきものではある。
しかしながら、一般に建物の基礎等を作る前段階としての根切り工事等の土工事が建築工事に含まれないとはいえないし、建築基準法上建築工事が土工事を含
まないとするのが確定した解釈といえるわけでもない。一方右建築工事によって建築されるべき建築物は建築確認処分を受けた建築計画によって明確にされてい
る。これらのことからすると、右工事によって建築完成される予定の建築物を「建築工事・・・中」の建築物と解することができるから、文理解釈上債権者らの
主張どおりであるとは必ずしもいえない。
また、債権者らは、債務者らのした根切り工事等は平成一二年二月一日現在で全体の工事の〇・二六パーセント程度に過ぎないから、債務者らに保護すべき既
得権はないと主張するが、債務者らが工事着工までに費やした費用、労力等を全て無視するものであって、相当ではない。
以上によると債権者らの主張はいまだ採用することができないものというべきである。
(2)本件において、債務者らは、平成一二年一月五日に建築確認処分を取得し、同日から根切り工事に着手し、その後も根切り工事及び山留工事を継続して行
い、平成一二年二月一日に至っているのであって、その後も右工事を継続していると認められるから、本件マンションは「現に建築・・・工事中」の建築物に当
たるというべきである。
確かに、債権者らのいうように、本件マンションは外観上四棟(正確には六棟)からなる建築物であるところ、債務者らが行った根切り工事や山留工事は右四
棟のうちの一部の棟に過ぎない。しかし、本件マンションは、債務者らが主張する事情(受変電設備等建築設備の共用、一体的な管理運営、相互接続部分の存
在、完成後の登記の一個性。疎乙五三により認める。)に照らせば、一個の建築物であると評価できるし、少なくとも、用途上不可分の関係にある二以上の建築
物としてその敷地は一個であると考えるべきであるから、本件土地に存在する建築物として一体的に考察すべきである。
以上によれば、本件建築物制限条例が有効であることを前提としても、本件マンションには適用されないものというべきである。
(四)次に、債権者らは、債務者《乙1》が取得した本件マンション建築工事に対する建築確認処分は、本件建築物制限条例が成立し施行されてしまうと本件土
地上に本件マンションを建築することができなくなることから、「駆け込み」的に確認申請を求め、それに対して行われたものであって、本件建築物制限条例を
潜脱するものであるから違法である旨主張する。
しかし、建築確認処分は、建築工事計画が、都市計画法や建築基準法等の「現行の」関係法規に基づいて、それらに違反していないかどうかを審査し、違反が
認められなければ確認処分を行うというものであるから、近い将来ある法規等が成立して施行され、右法規等によればその工事が許されなくなることが確実に予
想されたとしても、第三者に危害を加える目的でなされたなどの特段の事情がない限り、右建築確認申請及び右確認処分が違法になることはないというべきであ
る。
本件において、右特段の事情を認めるに足りる疎明はないから、債務者《乙1》が取得した本件マンション建築工事に対する建築確認処分は適法であり、この
点についても本件マンション建築工事が建築基準法に違反するものとは認められない。
3 さらに、債権者らは、債権者らの被害が受忍限度を超えている特段の事情の存在について、(a)本件土地周辺には最高でも六階建ての建築物しかなく、本
件マンションのような一〇階を超える建築物は一棟も存在せず、また国立市民の多くは国立市の景観に強い関心を有しており、本件マンション建築計画に反対し
ていると認められること、(b)本件マンション建築計画は本件指導要綱に適合していないこと、(c)本件マンション建築計画は景観条例に違反しているこ
と、(d)交渉経緯において債務者《乙1》に不適切な対応があったこと、(e)債務者《乙1》は、本件土地を購入するに際して、本件土地に本件マンション
を建築しようとすれば周辺住民等から強い反対を受けることを知り又は容易に知ることができたといえることなどを主張している。そこで、債権者らの右主張に
係る事実が右特段の事情といい得るかについて検討する。
(一)(a)について
確かに、本件土地周辺においては本件マンションのような高層建築物は存在していない。
そして、その理由は、各建築物の建築主が自主的な判断で、あるいは近隣住民の意見を容れて、そのような高層建築物が本件土地周辺の環境にふさわしくないと
判断して、最高でも六階建ての建築物しか建築していないからであると認められる。そして、このように近隣住民の意見等を尊重して建築物の規模等を定めるこ
とが最も妥当であることはいうまでもない。
しかし、本件土地は都市計画法上第二種中高層住居専用地域に指されており、本件土地上に本件マンション程度の規模の建築物を建築することは法律上禁止さ
れていない。そうすると、債務者《乙1》が債権者ら近隣住民の反対を押し切って本件マンションを建築したとしても、その判断の当否はともかく、それが適
法・違法の問題を生じることはないというべきである。確かに、右判断がただ不当というだけではなく、専ら債権者らに日照等の被害を与える目的でなされたな
ど著しく不当であると評価できる事情があれば別であるが、本件疎明資料上、右のような事情が存在しているとは認められない。
そうすると、債権者らの日照被害が日影規制によって許容されている範囲内にありかつその被害程度自体においてもそれほど重大とはいえない本件において
は、このような本件土地周辺の地域性、あるいは本件土地近隣住民や国立市民一般の意識を理由として、右日照被害が受忍限度を超えると判断することはできな
いというべきである。
(二)(b)について
前記のとおり、債務者《乙1》は、平成一一年九月一日時点において本件マンション建築工事につき指導要綱審査委員会の承認を得ていなかったから、本件マ
ンション建築工事については改正後の本件指導要綱が適用されることとなる。
そうすると、債務者《乙1》は、建築確認申請等の法令に定める手続を行う前に市長との事前協議を行い、かつ標識設置後に近隣住民等権利者に対する事業概
要の説明を行い、右事前協議が整った場合に事前審査願を市長に提出して、市長から右事前審査願が本件指導要綱に適合していると認められ、指導要綱審査委員
会によって討議・承認された上で、市長と右建築工事について協定書を締結し、市長から承認書を得なければならないとされているにもかかわらず、本件におい
ては、市長から説明会が終了しておらず、事前協議は整っていないとして事前審査願の受理を拒否されたため、その後の手続は一切行っていないのであるから、
本件指導要綱に違反しているものと認められる。
しかしながら、開発行為等指導要綱は、地方自治体行政内部の行政指導を行うに当たっての基準や行政機関が守るべき原則を定めたものであって、法規範性は
なく、その拘束力が住民等に及ぶものではない。したがって、開発行為等指導要綱は、対象者が任意に右要綱に基づく行政指導に応じる場合に限り、その行政指
導の範囲内で効力を有するに過ぎないものであり、本件において債務者《乙1》を法的に拘束するものではない。もちろん、地方自治体による行政指導であるか
ら、これに従うのが適当であることはいうまでもないが、他方で、右のような本件指導要綱の性質からすれば、これに従わなかったことのみをもって、本件マン
ション建築計画が違法性を帯びるとまでいうことはできない。したがって、最終的に本件指導要綱を遵守しなかったという事実は、債権者らの日照被害が受忍限
度を超えているか否かの判断においてそれほど重大な意味を有するものとはいえない(特に本件においては、国立市長は、平成一一年八月一八日、いったん債務
者《乙1》から事前協議書を受理しながら[旧指導要綱によれば直ちに標識を設置しこれに紛争予防条例に基づく標識文言を併記することとされていたので、こ
れから三〇日経過すると建築確認申請をすることができたものである。]、指導要綱を改正し、事前協議終了まで確認申請ができないようにしたという経緯も無
視し得ない。)。
そうすると、債権者らの日照被害が日影規制によって許容されている範囲内にありかつその被害程度自体においてもそれほど重大とはいえない本件において
は、本件指導要綱違反の事実を根拠として、右日照被害が受忍限度を超えると判断することはできないというべきである。
(三)(c)について
債務者《乙1》が景観条例二八条に基づく周囲の建築物や高さ二〇メートルの銀杏並木と調和するよう建物の高さを低くするようにとの国立市長の指導を受け
たのに対し、本件マンションの規模は右条例に適合すると考えると回答して自らの計画を遂行していることは前記のとおりである。
しかしながら、景観条例は建築基準法に基づく建築条例ではないから、建築確認の際の審査対象法令には該当しない。しかも景観条例やこれに基づく「大規模
行為景観形成基準」には建物の高さに対して規制することを示すような規定はないこと(それゆえ、疎乙一、二九によれば、国立市の担当職員も債務者《乙1》
が本件土地を買収前に相談に来たときに、右条例では建築物の高さ等については言及されてはいないと答えていたことが認められる。)、国立市長は、具体的な
基準を明示してほしいとの債務者《乙1》の質問書に対しても具体的な高さを回答しなかったこと、景観審議会も国立市長の右指導について答申を出すに至らな
かったこと等の事実からすると、本件マンション計画が景観条例に違反しているとは直ちにいい難いし、少なくとも債務者《乙1》の採った措置が債権者らの被
害が受忍限度を超えていることを基礎づけることになるとは解し難い。
(四)(d)について
前記認定のとおり、債務者《乙1》は、結局国立市や債権者ら近隣住民の要請に応えて、建築確認処分を得るまでの間に、五回説明会を開催し、平行線に終
わったとはいえ、債権者ら近隣住民と意見交換をしたことが認められる。確かに、債務者《乙1》は、当初近隣住民等から説明会の開催を求められたのにこれを
拒否したり、配布するパンフレット(近隣説明書)に不適切な記載をして(疎甲一四、一五、疎乙四二、四三)いたずらに債権者ら近隣住民の反発を招いたりし
たことがあり、その点において不適切な対応があったことは否定し難い。しかし、法令・条例上、近隣住民に説明をすることは要求されていても、右説明を行う
に際して「説明会」という形式を取らなければならないということまでは厳密には要求されていないし、右不適切な記載といっても債権者らの名誉を毀損するよ
うな内容でもないのであるから、債務者《乙1》の右不適切な対応は特に法令・条例等に違反しているものではない。
そうすると、債権者らの日照被害が日影規制によって許容されている範囲内にありかつその被害程度自体においてもそれほど重大とはいえない本件において
は、以上のような交渉経緯から右日照被害が受忍限度の範囲を超えていると判断することはできない。
(五)(e)について
債務者《乙1》が、《B》から本件土地を買収するに際して、本件土地に計画どおりの高層マンションを建築すれば近隣住民等から強い反対が出るであろうこ
とを予測し又は容易に予測し得たと認められることは前記のとおりである。
しかし、以上において検討してきたように、本件マンション程度の規模の建築物を本件土地上に建築することは、右買収当時、法令・条例上は何らの問題もな
かったのであるから、近隣住民等からの反対を予測し又は予測し得たとしても、債務者らに右予測等を超えて債権者らへの加害目的が存在するなどの特段の事情
が存在しない本件においては、債務者《乙1》の右予測の事実等をもって、債権者らの右日照被害が受忍限度を超えると評価することはできない(右のように予
測し得たであろうにもかかわらず、本件土地を買収し本件マンション建設工事を国立市長や周辺住民等の反対をいわば「押し切って強行」することが、社会的に
あるいは地域住民等との関係で債務者《乙1》にとって真に得策であるか否かは、別個に考えるべき事柄であろう。)。
4 以上によれば、債務者らが本件土地上に建築する本件マンションによって債権者らが被る日照被害はいずれも受忍限度の範囲内にあるというべきである。
5 債権者らが主張するその他の権利侵害について
(一)眺望が奪われること
(1)債権者らは、本件マンションが建築されると、債権者《甲1》の教室や校庭からの視界が狭められてしまい、債権者《甲1》の生徒である債権者《甲2》
らとしては、従前見上げなくても見ることができていた空が、首を見上げなければ見ることができなくなってしまい、その結果、開放感が失われて圧迫感を受
け、緑視率が少なくなり、目線への優しさを失うことになってしまい、悪影響を受けると主張する。
(2)しかし、眺望を享受する権利については、ある眺望を売り物とする別荘や観光旅館のようにその財産的価値の多くを右眺望に依存しているような場合は格
別、本件のように学校の校庭において首を見上げないで空を見ることができる権利というような眺望を享受する権利が、債権者《甲2》らに個別具体的に保護さ
れた法的利益の内容をなすものとは認められない。
(3)したがって、右眺望侵害を根拠として本件マンション建築の差止めを求めることはできない。
(二)プライバシー侵害
(1)債権者らは、本件マンションの開口部からは債権者《甲1》のほぼ全体を見ることができ、特に小学校については教室が真正面からのぞかれることとな
り、債権者《甲2》らのプライバシーが侵害されてしまうと主張する。
(2)しかし、疎乙二〇によれば、本件マンションの開口部と小学校校舎との間の距離は、最も近いところで約一二一メートル、最も遠いところでは約一七一
メートルもあり、マンション開口部の通常の用法を前提とする限り、本件マンションの開口部から小学校教室内を見ることは極めて困難というほかない。しか
も、本件マンションの開口部にカーテン等を設置させることなどにより、本件マンションの開口部からのぞき見られる危険性を排除することが期待し得る。そう
すると、本件マンションが建築されることによって債権者《甲2》らのプライバシーが侵害される危険性は大きいものとはいえない。
(3)したがって、債権者《甲2》らのプライバシー侵害を根拠として本件マンション建築の差止めを求めることはできないというべきである。
(三)交通障害
(1)債権者らは、本件マンションは三四三戸の計画であり、駐車場の台数としては二三〇台が予定されているところ、そのかなりの部分のアクセス路が債権者
《甲1》の生徒の通学路と重複しており、午前八時前後の債権者《甲1》の通学時間と本件マンションの入居者の出勤時間とはほぼ重複していると思われるの
で、通学の交通安全上危険があるし、また駐車場の数も入居戸数に比較して少ないため、駐車できない自動車は路上に違法駐車する可能性が高く、交通安全上の
危険性は更に増大することになると主張する。
(2)しかし、本件マンションとJR中央線国立駅及びJR南武線谷保駅との距離関係等に照らせば、本件マンションの入居者のどの程度が通勤に乗用車を使用
するかは疑問であるし、駐車場の数が少ないから路上駐車が増大するという予測もそれほど確実なものとはいい難いのであって、少なくとも、本件マンションが
建築されたことによって債権者らが主張するような事態が発生するか否かは不明であるというほかない。債権者らの主張する危険性は抽象的な危険性に過ぎない
というべきである。
(3)したがって、債権者らの主張する交通障害発生の危険性を根拠として本件マンション建築の差止めを求めることはできない。
(四)ビル風の危険
(1)債権者らは、本件マンションが建築されると、債権者《甲2》ら債権者《甲1》の生徒がビル風による事故の危険にさらされる、具体的には、突風による
転倒や、飛来物によるけがが懸念される旨主張する。
(2)しかしながら、債務者《乙2》が行ったコンピユーター・シミュレーション(疎乙二一)によれば、本件マンションが建築されてもその周辺の風環境は一
般的な住宅街におけるそれと大差はないことが認められるのであり、債権者らの主張する危険性は、単なる憶測や不安感に基づく抽象的なものであって、現実に
危険が発生するおそれは大きくないものと認められる。
(3)したがって、債権者らの主張するビル風発生の危険を根拠にして、本件マンション建築の差止めをすることはできない。
(五)地下水が使用できなくなるおそれ
債権者らは、本件マンション建築工事によって地下水脈が切断され、その結果、債権者《甲1》が飲料水等として使用している地下水が使用できなくなった
り、またはその水質が汚濁されたりする危険性がある旨主張するが、本件全記録によっても、右のような危険性を疎明するに足りる疎明資料は存在しない。
(六)景観破壊
(1)債権者らは、本件マンションが建築されると、国立市の大学通りの景観が損なわれる旨主張する。すなわち、高さ二〇メートルの桜・銀杏並木が続く大学
通りに高さ約四四メートルの本件マンションは調和しないから、本件マンション建築は大学通りの景観を破壊すると主張する。
(2)しかし、いかなる景観が美しいのか、いかなる景観が当該地域にふさわしいのかについては、それを判断する者の主観に負うところが極めて大きく、これ
を一義的に定めることは、極めて困難であって、事実上不可能といっても過言ではない(現に国立市の景観育成審議会が紛糾して国立市長の債務者《乙1》に対
する指導につき答申することができなかったことは先に認定したとおりである。)。そうすると、景観について法的に定義付けがなされ、その景観を保護すべき
義務を国民・市民等に義務づけるような法令・条例等が制定・適用されれば格別、そのような法令・条例等が存在しない現時点においては、美しい景観、地域に
適した景観を享受する利益を法的保護に値する具体的な権利とみることは困難というほかない。そうすると、右利益を侵害されたとしてその侵害行為の排除等を
求めることはできないというべきである。
(3)したがって、大学通りの景観が破壊されることを根拠として本件マンション建築の差止めを求めることはできないというべきである。
三 結論
以上によれば、債権者らの本件申立ては被保全権利について疎明されていないことに帰着するから、これらをいずれも却下することとして、主文のとおり決定
する。
平成一二年六月六日
東京地方裁判所八王子支部民事第四部
裁判長裁判官 満田明彦 裁判官 猪俣和代